2010年3月アーカイブ

ぼやテツVol.9は、また妄想編です。実家の亡父のアルバムから、ちょいと気になった写真を拾ってきました。下の写真であります。まあブツは乗合馬車なんで、鉄道じゃないんですが、いちおう「輪っか付き」ということで。

btwh_09_1.jpgさて、オヤジのアルバムに、なんのキャプションもなくスクラップされていたこの写真。ピンも甘くて馬車の車体に書かれた文字も読めません。しかし手がかりはこの一枚の写真に写っているものが全てであります。幸い、馬車溜まりの天蓋に架かっている看板の文字は読めます。「鳥羽 松阪 津 方面 のりば」。それとアルバムの配列からして、撮影時期は昭和30年〜35年くらいの間です。これをとっかかりにして想像を巡らせ、複合キーワードを駆使してYAHOO!り、Googleり、Bingりました。しかしBingりって、なんかイングリモングリみたいですな(笑)。検索しまくりの結果、なんとなくこの写真に写ってるモノが見えてきましたわ。

まず最初は、乗合馬車というワードをメインに、三重県の伊勢神宮周辺の公共路線交通のスジで検索したのですが、ひっかかりません。まあ明治大正ならともかくも、昭和30年ですから、鉄道・バス網も発達していますしねえ。それで、写真をよ〜く見ましたところ、どうも「鳥羽 松阪 津 方面 のりば」のカンバンは、この乗合馬車用のものではなく、鉄道か路線バスのものなんではないかと。ようするにここは駅前ロータリーなのではないかと。背景の空間もなんとなく駅の構内のような風情がただよってますしね。部分拡大↓

btw_09_2.jpgそれで検索ワードを観光馬車に変えて見たところ、それらしきモノに当たりが付いてきました。まず見つけたのが、二見浦の観光旅館のサイトです。二見浦といえば夫婦岩で有名な観光地。あたしも小学校の修学旅行は二見浦に泊りました。まあ関西の修学旅行の定番でしたからね、お伊勢詣りは。「松嶋館と二見の歩み」というページに、観光馬車の写真があり、「昭和50年代まで、二見のバスセンターから夫婦岩まで観光客を運んでいました」とのキャプションが付いてます。写真が小さくて馬車の形状はよく見えませんが、たぶんこいつでしょうね。

昭和50年代まで運行していたのであれば、あたしも見たり乗ったりしたことがあるのかもしれません。全く憶えてはいませんけれど。ほかのサイトやブログにも、「また馬と云えば伊勢市とか二見町へ行くと観光馬車があり、乗った記憶がありますが後ろの車に乗るので、馬の匂いが臭かった思い出があります(浜島町の紹介)」 、「おばあちゃんに連れられて山田上口駅から国鉄に乗り二見駅へ。そこから海水浴場までは歩いて行きます。賑わっていましたね。人々満載の観光馬車が走っていて、馬の糞が道の真ん中に所々に落ちていましたっけ(シェフの部屋)」などの記述も。どうやら写真は参宮線の二見浦駅(ふたみのうら えき/あたしら、ふたみうら と言ってたけど駅名だけは読みが「」なのね)の風景のようです。

そして、「観光、行楽の玄関口としての黄金時代は、昭和10年代であつたが、その最盛期には、駅前に人力車や馬車が常駐し、修学旅行の団体列車の入り込みも多かった/紀元2600年祭(S15)には連日団体列車が到着し、多客で賑わい、人力車2台、観光馬車5台が常駐していた(現場の素描二見浦駅)」あたりを読むにつけ、ほぼこの写真の素性が判明したのであります。

でもって、ついに決定的写真を発見!!コレ→「伊勢名物御福餅号夏をあきらめて)」←ずっと下までスクロールしてね。やった〜パチパチパチ。

こんなくだらないことして遊んでる場合じゃないんですけど...ま、妄想なんでお許しを。

おいちゃん

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オーティスもマービンもおり春の星 酒倒

あれはいつやったやろ。たぶん昭和が終わる頃。ひょっとしたら平成に入りたての頃やったか。ソウルの好きな、おいちゃん誘って防衛庁脇のgeorge'sに行きましたねえ。おいちゃんごっつい感動して、アンティークなジューク・ボックスに100円玉入れまくってた。さらにさかのぼって1985年、あのバース・掛布・岡田、タイガース21年ぶりの優勝!、あたしの砧のアパートでKやんと3人で朝まで祝勝会。六甲颪の太鼓がおいちゃんの尻。3日くらい腫れてましたって...また酷いことしたもんや。おいちゃんの和泉多摩川のアパートで食事会もやったなあ。おいちゃん器用で料理上手やった。スライド上映会もやらしてもうたっけ。参宮橋のM商事からはじまってコロコロ職場変えてたっけ。お互い関西に戻ってそろそろ二十年や。何年か前の新年会、二次会のカラオケでUSA for AFRICAを二人で唄った。おいちゃん盛り上がって、勝手にエンドレス・ラブやらユー・アー・エヴリシング入れて、あたしにマイクをわたす。で、ダイアナのパートを自分が裏声で唄う。横見たら恍惚の表情で絶唱するダイアナ・ロス...やのうてハナ肇がおるんや。愉しかったなあ。ミナミにええソウルのカラオケ見つけましてん!こんど行きましょ。って会うたびに言ってくれてたけど、結局行けずじまいやった。どこやったか場所は忘れたけど、おいちゃんらがやってる畑仕事を見に行ったこともあったっけ。そういや裏六甲でログハウスか何かやろうちゅう話もしてたねえ。おいちゃんは腰が低くて優しくて大人しい人間を装っていたけれど、ときどき眸の奥にギラと鋭い光が走るときがあって、コノ男はただもんやないんとちゃうかと思てた。ホンマはどうやったんやろ。それにしても、それにしてもWhat's Going Onやなあ。お別れには行きませんでしたけど、9日のお昼ごろ、三木の方を向いて直立不動で唄ったWe are the worldは聴いてくれたやろか。まあ、さほど時が経たずともまた一緒にデュエットできると思うわ。赤ずきんも、もう一回やりたいしねえ。それまで、あっちで大御所お歴々をナマ?で楽しんどき。あ、今日の写真はあの辺が東京ミッドタウンになってしまうと聞いたんで、解体工事の始まる前にと思て、上京した折にgeorge'sの佇まいを撮っておいたんや。もう店はやってなかったけどね。ところで、おいちゃん。今年の阪神、優勝できると思うかぁ?

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ぼやフォト 2002.11.22 東京都港区
今年も確定申告の〆切まであと一週間になっちまったけど、みなさんはもうお済み?

phL_tax.jpgあたしも先日、税務署に行ってきたんですけど、はやいもんでもう青色申告8回目です。というもののいまだに全然要領がわかってません。あいかわらずセンセに頼らずに古い会計ソフトでコツコツやってますが、毎年毎年新たな???にブチ当たります。毎年やってると、だんだんそんなことに時間を使ってるのがアホらしくなってきて、もうエイヤッ!とテキトーに出してしまうようになってきました。儲かってたら慎重にやるんですけど、とくに最近は赤字続きなもんで苦労して青色の書類作っても65万控除の恩恵すらありゃしません。まったくこの景気、なんとかならんもんでしょうか?

最近は電子申告ができるようになったんですけど、台帳カードの申請とカードリーダーを買わないといかんので、やってません。簡単な白色なら税務署のパソコンコーナーでサクッとやっちゃえばいいんですけど、あれ、なんか細かい部分で損するような気がしましてね。添付書類を省略できるのはありがたいですけど。まあ、テメーに電子的番号を振られてにお上に管理されるのがイヤなんですが。

わたしはすべて自己流なんで、申告書類に税理士のハンコがありません。気安く訊けるセンセが一人いればかなり助かるんですが、なにせ全然儲かってないからギャラが払えませんわ。みなさんどないしてるのかと思いつつ、しばらくぶりにネットで探ってみたところ、ずいぶんサービスも変化してますねー。ま、電子申告システムの普及が進んだことにもよるんでしょう。税理士のセンセも不景気とみえ、「月3000円、領収書丸投げでオーケー」なんつう激安代行サービスもありました。コレ→月々3000円からの確定申告とかね。顧問税理士としてアドバイスも貰えて月3000円かあ...今年(平成21年)分もまだ受付中ですて。エエッ!あと一週間やでェ。

しかしあたしもそろそろセンセに頼まないと、もうしんどいです。まあ、もうちょっと景気が良くなってきたらの話ですけどね。現状、もし税務署からクレームが来てちゃんと計算したら、かえって税金が戻ってくるかもしれんようなテイタラクですから(笑)。あ〜あ情けなや。というか、お仕事頂戴!

金魚長屋(4)

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 暗闇の中、突然の誰何に面食らった二人だが、弥三は、うろたえつつも傍らに用意してあった蓆を足先で引っ掛けて穴を隠そうとし、留吉は手燭の明かりを侍の方にさし向け、物件を影の中に沈めた。ま、頼りない二人にすれば咄嗟ながら上々の首尾である。まったく欲というものは侮れない。

「お、お侍、お許しを。け、決して怪しいモンじゃござ......う、あれれ? じ、神内さんじゃあ...」

 留吉の持つ手燭に照らし出された若い浪人は、なんとこの長屋の住人、神内善三郎であった。神内は前年の桜の頃に、ひょっこりこの長屋に越してきた二十歳過ぎの青年武士である。侍には珍しい穏やかで親しみのある性格と時に垣間見える博識もあって、長屋の住人達ともすぐに溶け込んだ。丁寧で腰の低い言葉遣いの中に、時折上方の訛りも覗いたりするのだが、その素性はいまだ誰も良くは知らないようである。

「なんと、弥三殿と留吉殿でしたか。これは驚かせて失礼いたした。こんな奥の井戸端の暗闇でゴソゴソしておられたので、てっきり盗っ人かと思い申した」
「えへへ、あたり!」
「こら留、余計なことを言うんじゃねえ!...しかし肝を冷しましたぜ、イキナリ背中の方からおっかない声が飛んで来たもんで。ふうう」
「いや、今宵、長屋の店子は五兵衛殿のお招きで皆さんお出掛けと聞いておりましたから、せめてそれがしが留守中の用心棒でもと思いましてな...」
「ええっ!大家のォ...オイラ何も聞いてないぜ!弥三兄ィ」
「俺も初耳だな。神内さん、これはいってえどういう事なんですかい?」

 神内の話によれば...こんな襤褸長屋の管理を請負っている大家の五兵衛だが、なかなか狡獪な老人で、日々世渡りにだけはマメに気を配ってきたようだ。先日、町役(町年寄)から呼びだされ、おっかなびっくりで参じたところ、町役、何やらお奉行様からお褒めの言葉とご褒美を賜ったという。その手柄には五兵衛の普段の気配りと胡麻擦りが一役買っていたというわけで、ご褒美のお裾分けにありついた。喜んだ五兵衛は店子連にも祝いの一献をと触れてまわり、今宵、長屋総出の宴へと運んだようだ。ま、吝嗇な五兵衛のことだからどうせ素麺に酒一本てなところなのだろうが。

「あの因業爺い!どうして俺と留だけが蚊帳の外なんでェ」
「いや、どうも店賃に滞りのある者は外す。一切知らせる必要もなし、と言うようなことでした」
「何でェ。皆、いつもピーピーピーピーほざいてやがるくせによ。店賃踏み倒してるのはオイラと兄ィだけてえのかい!大体が、あの遊び人の慎之介なんか、払ってやがるわけねえだろよ」
「慎之介殿は、ご実家のほうが払われているのではないかな。次男坊とは申せ本勘当されたわけでもなさそうですし、あれだけの大店ですから体面もありましょうしなあ」
「ふうん。まあ頭にゃあ来るが...しかし留、考えてみねえ。こちらにすりゃあ今宵皆さんお揃いでお呼ばれってのはかえって好都合ってもんだ。なあ、あんな因業爺いのセコい素麺酒の驕りで喜んでる連中の馬鹿面が目に浮かばぁ。」
「そ、そうだった!そうだった!ははは。オイラにゃ千両箱...」
「シャイ!、あ~、そういう事なら神内さん。長屋の留守番は俺達が帰ェったからもう大丈夫ですぜ。まったく大家も長屋の連中も、お侍に留守番をさせるたあ何てェ無礼な奴等だ。ったくご苦労様でございました。ささ神内さんも、追っかけ素麺のご相伴に駆けつけてくんなせえ。もうできるだけごゆ~っくり呑み食いされて、因業五兵衛の巾着を空っ穴にしてやっていただきゃ、こっちの気もスカーッと晴れるってもんで...なあ、留。」
「はは。ど~ぞど~ぞお呼ばれに。オイラは明日、鰻喰う」



「いや、お気遣いはありがたく存じますが、それがしはそうはいかんのです」
「神内さん。いくら下衆な町人どもとの戯れとは言え、空きっ腹にゃ変えられませんや。お若いんだし、この際お武家の見栄は止しにしといて、とりあえず喰っとくのが吉、つうもんですぜ」
「いや、しかし、そうも」
「ネェ、喰うは一時の恥、喰わぬは一生の恥ナんてェなことも...」
「その、実はそれがし、五兵衛殿にはもう半年も不調法致しておる身なモンで...」
「ありゃ、神内さんが踏み倒しの三軒目!」
「それに、それがしも素麺などよりは鰻の方をご一緒致したい。エヘン!さてもおふた方、あの蓆の下によもや蒲焼きなど隠してはおられまいのう...」

 暗がりを指す神内善三郎の温厚誠実な眸に一瞬妖しげな光が奔った。

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