金魚と淡水魚の飼育
51話
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段平盛衰記

↑「祇園ハナミ小路のネーチャンの声…」
あ、こっちは平家物語か。このフレーズは平磯蟹の没時にでも取っておこう。
(07.06.14撮)


 2007年7月21日、遂に段平は力尽きた。最後はえいゃっ!と素人オペに踏みきったので、まあわたしが殺したと言ったほうが正しいかもしれない。結果、オヤジJR、ジャンボに続いて三回連続の死亡報告記事ということに。うっとこ、たまに「えげつない画像ばかりで痛ましくて直視できない金魚サイト」みたいな紹介をされているのを見かけるのだけれど、今回またその「えげつなさ」に拍車がかかることとあいなってしまった。わはは。申し訳ない。

 でもね、水族館やショップのパンフみたいに、水槽の美しいレイアウトや珍しい高価な生物のワンカットをおめかしして紹介しているのならともかく、一つ水槽の同じ安ザカナたちを定点観測していると、どうしてもこういうことになっちまいますですよ。まあわたしの無茶苦茶な飼い方のせいでもあるけれど、とりあえず装飾なしのドキュメンタリーなんすから。どなたも一度は金魚掬いの金魚を持ち帰って飼ったことがあるだろうと思いますが、その金魚たちが、「いったいどうやって育ち、そしていつどうしていなくなってしまったか」なんて、後からなかなか思いだせるもんじゃありません。わたしの場合もそうだったので、一丁当欄に、とある金魚一族の生きざまを延々と記録してみてやろうかと思ったわけで…。しかし内容は予想をはるかに超えて、かなり異様なものになっちまいましたが(笑)。

 それでも今回の段平の死までの経過には、かつてなく辛いものを感じさせられた。マツカサや水カビ病ならともかく、奇病デバラ(仮)には手の施しようがなかった。偶然治癒の期待を込めてあれこれ手当たり次第に投薬などをしてみたが、いずれも効果無し。段平自身が比較的頭の良い個体だったことも辛さの要因だ。普段通りの生活ができていながら、終盤、病気の進行につれ、だんだん思い通りにカラダが動かなくなってゆく憐れさ。それでもいつものように振るまおうとする健気さ。オペの前日には、とうとう着底横臥して動けなくなってしまったが、目玉やヒレを盛んに動かしてこちらを見る。こりゃ「餌くれ!」だな、と察し、口の付近に沈下性の餌を落としてやると、頭のみ動かして必死で食べようする。意識や消化器の機能は正常なのに動けない。これは痛ましかった。ともあれ、過去三話(48話49話50話)にわたって紹介してきた段平のデバラの経過報告も今回でエンド。結局有効な治療法を発見することはできなかったけれど、まあこういう症例もあるということでご勘弁を(←って今まで全部殺してるやんw)。ともあれ『段平盛衰記』、一幕のはじまり、はじまり。



↑「デバラったって、オイラ特に困ってないぜ。
強いて言えば、なんか毎日、鉄下駄履いて暮らしてるような感じだな」
(07.06.21撮)


 3月19日にジャンボが死んで、本水槽に一匹のみ残った段平。60cm水槽の拾丸をこちらに移して、父子ご対面〜♪の機会を窺っていたが、おひろいのエロモナス症もなかなか完治せず、おひろいが一時的に回復しても、段平の病状がさらに進んでしまったので、結局は最後まで実現しなかった。まあ、図らずも各水槽単独隔離飼育という状態になったので、おのおのの病気に適応した治療・投薬には好都合だったし、この流れでは仕方がなかったともいえる。

 さてその段平。前回記事では3月9日の写真でTo be continued.……。その10日後にジャンボが没。一匹のみになったので、まずはジャンボの死因となった菌などを排除すべく水換えをし瀘剤等の洗浄をする期間を設けた。なにせ一匹だけだから本水槽の水質はおおむね良好な状態が続き、その後一定の期間を空けながら、手持ちの薬剤の種類を変えて順次投薬して効果を観察した。試した薬剤を発病初期から通して並べてみると、グリーンFゴールド顆粒・ニューグリーンF・グリーンFゴールドリキッド・観パラD・ヒコサン(マラカイトグリーン)・リフィッシュ・フラジール膣錠・アイオマックペレット・食塩・純ココア 等々(順不同・混投薬アリ)である。どえらい出費だ。

 というコレデモカ的投薬にもかかわらず、デバラの進行は停止せず。ただ、段平の活性や食欲が落ちることはなく、通常の生活を続けてはいた。まあ長らく元気でい続けられたのは、いくらかは投薬の効果があったのかもしれない。しかし断続的に起きる出血を繰り返しながら腹部の腫れは進み、6月に入ると、とうとうカラダを真っ直ぐに保つことができなくなった。昼の間はヒレを一生懸命動かしてバランスをとっていたが、夜休むときに体が左に傾くようになり、6月末には夜は完全にヒラメ状態で横臥着底してしまうようになる。朝、照明を点けると、「よっこらしょ!」と離底して、浮き上がってきて餌をねだる。まるで気球のようにフラフラしながら餌を喰い、疲れるとまた着底オネンネ。

 観察していると、腹部の腫瘍が相当の重量を持つようになり、常にヒレを動かしていないと横転して沈んでしまう状態になってきたようだ。仕方なく段平、ヒルの間はずっと泳ぎ続けることにしたようで、常に水槽を右回りにグルグル回り続けている。停まると即沈。なので7月の段平は、昼はマグロ、夜はヒラメという異様な生態を持つオサカナになってしまった。そんな段平の努力にもかかわらず、容赦なく病気は進行を続ける。泳いでさえいれば垂直に保てていたカラダも徐々に左傾するようになり、疲れも出たのだろう、昼間でも餌が投入されるとき以外は常に横転して着底しているようになった。


↑これで片方の目が上の方に移動して来りゃアンタ完璧にヒラメだな。
ま、右側に目があるのは本当はカレイだけど、
何となく「ヒラメ」ったほうが気分だし。相当分厚いヒラメw。
「うるさい! 泳ぐのをやめると、クルリと回ってこうなっちまうんだよ」
(07.07.18撮)


 7月18日ごろから、段平はとうとう泳げなくなってしまった。腫れの酷い左腹部が重く、常にそちらを下に横臥することになるので、もともと出血や化膿が見られた部分にいわゆる床ずれが起きて悪化し、主にそれが体力を奪っているように見えた。口元に沈下性のエサを落としてやると首を回して必死で食べているから、食欲は通常通りあるのだが、もはや思うように動けない。そのうちに急激に衰弱しだしたのが分かったので、さてどうするかと思案した。放置すると数日以内に弱って確実に御陀仏である。消化器その他の機能は健全なのだから、体を重くしている腹部の内容物を摘出して泳げるようにしてやれば命は繋がるかもしれない。しかし早急に決断しないと、オペに耐えうる体力が残らない。

 メスで開腹して患部を取りだす、なんてオペは標本作りならともかく、延命させるとなると玄人でも成功は厳しいだろう。もっとも疑わしきは腎腫大症なのだが、もし腹腔内に胞子虫などが増殖していたり膿が溜まって膨満させているのなら、それを注射器で吸いだしてやれば傷口は小さくて済むしオペも容易だ。決断。駄目元で一丁やってやろう。でも魚体を押え、注射針とシリンダーを固定し、ピストンを引くために「手」は最低四本は必要である。折りよく週末。そこで常々お世話になっているDecapod-Journal館長・ヤド研首席研究員プアマリナさんに助っ人を依頼。快諾を得て、わたしは注射器と注射針の入手に走った。

 昔「昆虫採集セット」に普通に附属していた注射器と針は、ご時世により容易に入手できない。そこで血糖値の高い人が打つインスリン用の針を入手し、ヤスリで先端を尖らせる。不器用ながらなんとか用が足せそうな針先に加工し、さあオペである。段平はぐったりと水底に横臥している。昨日ならもっと体力を残していたのだが、もはや仕方がない。テーブルに設けた手術台に取りだすべく水槽に手を入れ、段平を両手で持ち上げた。「お、重い!ずっしり!」。先に死んだジャンボに比べて量感が全然違う。これではカラダが沈んでしまうはずだ。死後量ってみたらなんと800gもあった。段平より大きなジャンボでさえ560gだったのに。「う〜ん、このお腹の内容物はいったい何なのか?」首を傾げつつ、いざ「手術中」のランプ点灯!(…の、つもり)。


〜 段平のデバラ闘病日記・完結編 〜
↑昔は、ビューン!!って、勢い良く水槽を泳いでいたもんだが、
今はなんつか、「パタパタパタ…」って感じだな。
(07.05.28撮)

―2007年5月―

←3月19日にジャンボが死んで、本水槽ひとりぼっちになってしまった段平。ひと月以上をかけて、頻繁な水換えやパワーフィルターの清掃を行なったので、水質はかつてないほど良好(のはず)。なにせ、オヤジJRとジャンボという二大菌魚がいなくなったことは大きい。餌も段平分だけだから日々の汚れも少なくなった。さて、これからはデバラ治療に本腰入れだ。
(07.05.28撮・以下撮影日同じ)
←とは言っても、病気の原因が断定できないのだから手の打ちようがないのだが、まあ一匹になったことで、他の金魚への影響を気にする必要はなくなったわけだ。ちょっくら時間をかけて、ウエブサイトや書籍で病気や薬剤のことを再研究したが、え〜い、わからん。面倒だ(笑)。幸い、いまだ段平は元気なので、元気なうちにさまざまな魚病薬(本文に書いたような)をいろいろ試して効果測定を続けることに決めた。名付けて、「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たれ!作戦」開始。しかしこれ、国力と資源に乏しいうっとこにはかなり無理のある作戦である。
←自分がおなかに時限爆弾を抱えていることを、知っているのか知らないが、誰もいなくなった水槽を悠々と泳ぐ段平。生まれてこのかた兄弟姉妹が一緒にいるのが常だった金魚が、急に一匹になったとき、その生活態度に変化がでるのかどうかを気にして見ていたけれど、あまり変わりなし。やっぱり畜生なのか。ただ、こちらとしては一匹が食べ残さないだけの餌の量を把握するのがなかなか難しい。食欲のある日ばかりとは限らないので、入れ過ぎたエサに水生菌が生えてしまう前にこまめに取り除かなければならない。そういう意味では、複数のサカナが混泳していれば、別の個体が残餌を掃除してくれるのでラクちんだともいえる。

↑こんな状態になっているにもかかわらず、
本人は苦しくないらしく、クルクル回転しながら餌にがっついている。
(07.06.21撮)

―2007年6月―

←6月に入った。段平がデバラを発病してから丸一年がたったことになる。梅雨時だが、今年もあまり長雨が続くということはなかった。水温の急変も少なく、水槽のコンディションはいたって良好。なので出血がみられないうちは投薬をせずに、アイオマックペレット(ヨウ素イオン樹脂抗菌剤)の交換だけで済ませることに。段平はあいかわらず元気だが、腹部膨満はじりじり進行。なんだか風船みたいにふらふら泳ぐようになってしまった。宙に浮かんだダルマさんである。
(07.06.09撮)
←6月も中頃。夜、眠って脱力すると、腫れの大きな左側を下に80度ほど傾いてしまうようになった。お昼は泳いでいるのでなんとかバランスを保てるのだが、停止するとコロンと回ってしまうようだ。写真は眠っているところをいきなりストロボ撮影したもの。照明を点けると、餌かな?と泳ぎだしてしまうから。段平自身もこの左傾には「あれ?おかしいな」と感じている様子。
(07.06.16撮)
←夜は横転するようになったが、お昼はまだまだ元気である。あいかわらず、わたしの姿を見るなり「ゴ・ハ・ン・ク・レ!」。
(07.06.21撮)
←しかし不思議に思うのは、このウロコ。どうやら縦一列の枚数が決まっているようで、オナカがどんどん膨れるにつれ、ウロコ一枚の大きさも同じように比例拡大してくる。したがって患部付近のウロコは、フツーの金魚にはあるまじき巨大な一枚となっている。埋葬された段平のこのウロコの化石を発見した未来人学者は、「このたび発掘した鱗の大きさから判断すると、21世紀初頭の金魚には、推定50cm以上の体長を持つ巨大な個体が棲息したと考えられる」なんてオマヌケな研究発表をしたりしてね。案外いまの考古学者も結構そんなハメにあってるんじゃないの?
(07.06.21撮)
←パンパンのお腹をおいどの方から撮影(失礼)。もはや両側とも同じくらいに腫れてきたのだが、初期から腫れていた左側の方がまだいくぶん大きい。肛門は体の中心より右側に寄ってしまい、尻びれも常に右側を向いている。バランスをとるために右回りに泳ぐせいなのか。背びれは反対の左側に倒れてしまっているのだけど。
(07.06.21撮)

↑ニューグリーンFの醸し出すトーンが、
まるで中世ヨーロッパの肖像画のように見え…ない。
(07.06.25撮)

←6月23日、ひさしぶりに左腹部が開口出血。傷口のケアのために、ニューグリーンF(主成分にメチレンブルー)を投薬。クスリの入れついでだし、つうことで一旦中止していたデバラ病に対する試験投薬も再開することにした。今までに試したことのないクスリ、リフィッシュを入れてみた。リフィッシュはイカリムシやウオジラミの駆虫薬だが、デバラの中に虫が湧いているのだとすると、ひょっとして効果があるかもしれない。デバラが腎腫大症だとしても、その原因とされている胞子虫なる虫に効いてくれないか?というかすかな期待をこめて。リフィッシュはその後も断続的に投与した。
(07.06.25撮)
←このころになると、起きている間は、日がな一日、水槽を右回りにグルグル回り続けるようになった。停止してホバリングしようとすると、体が左や右にコロンと回転してしまうからだ。(下写真に続く)
(07.06.25撮)
←ホバリングのときに横転を阻止しようとすると、全部の鰭を目一杯使ってバランスを取り続けなければならないので、さすがに疲れるのだろう。とりあえず前に前にと泳ぎ続けてさえいれば横転することはない、という苦肉の策である。考えよったな段平。かくして昼の段平は「停まると死ぬんじゃ!」のマグロもしくは間寛平的生活を余儀なくされる羽目に。
(07.06.25撮)
←お昼のあいだじゅうグルグル回遊し続けるもんで、夜はグッタリ。マグロ転じてヒラメと化す。ヒラメにしては分厚いけど。6月半ば頃は、横転はしても水中に浮かんで寝ていたが、6月末頃になるとさらに浮力がなくなり、眠るときは左舷から沈んで着底せざるを得なくなってしまった。患部が底砂に接触してこすれているので、化膿が心配である。グリーンFゴールドリキッドとリフィッシュを投薬。(夜間寝込み中をストロボ撮影)
(07.06.30撮)
←やっぱ、毎晩着底して寝るとヤバいなあ。左舷の内出血がだんだんひどくなってきたぞ。
(07.06.30撮)
←お昼の遊泳中も、コントロール不能に陥る回数が増えてきた。同じコースをぐるぐる回っているときはまだしも、浮上性のエサを食べようとするときなどにパニクってしまう。ふらふら揺れながら沈下して水草に突っ込んでゆく段平。
(07.06.30撮)

↑「マグロ回遊しても、左に傾くようになっちまったよ〜。」
なら右側にオモリをつけてやろうか?「いらんわ!」
(07.07.05撮)

―2007年7月―

←そして7月に。あいかわらず「夜鮃・昼鮪」的生活だが、昼のマグロ時の無限回遊でもカラダの垂直が保てなくなり左傾。食欲は普通。グリーンFゴールド顆粒+ニューグリーンF投与。でもこの大型飛行艇のような体のフォルム、結構かっこいいと思う。
(07.07.05撮)
←7月も中頃になると、マグロ回遊もお疲れになった模様。キングストン弁が抜けた潜水艦のように着底。わたしが近づくと目玉だけ動かしてこちらの動きを確認している。こりゃ、「餌が入るようなら動くが、ただ見に来ただけなら疲れるから動かないでいよう」という態度だな。床ずれにより左腹部の内出血が悪化。上部には出血も見られる。
(07.07.11撮)
←「じゃあ、餌を入れてやるから、ちっとは疲れナ」と浮上性メディゴールドを投入。それを察した段平は「メインタンク・ブロー!、バラスト排水!」の号令とともに緊急浮上にかかる。まあ、ブローと排水ができりゃデバラは治るんですがねえ。実際のところは、胸ビレと尾ビレの出力全開で水面へ向かうのであった。ほとんど飛行船だな。「つべこべ言ってないで、さっさと餌を入れろ!オレは浮いてるのが結構大変なんだ!」
(07.07.11撮)
←腹部膨満と内出血が急激に進行。もはやお昼の回遊もほとんどできなくなり、水底で休んでいる。エサの時間だけ力を振り絞って泳ぐのみ。
(07.07.14撮)

  問題はカラダが沈んでしまうということだ。腹部の腫れの内容物は相当の比重を持つものだということがわかる。当然、腸まんやガス病、転覆病などのように気体が溜まっているのではないのは明らか。この「重い」内容物を、腹腔から抜いてやることができれば、延命の可能性があるように思うのだが…活性や食欲が十分ある今のうちに。
←ハラは沈むが、エサは水面。この胸ビレの使い方を見よ。素潜りのおっさんが必死で水を掻いて水面を目指すように、エイヤ、エイヤ、と漕いでいる。
(07.07.14撮)

 では、その「重い」物質。一体何が溜まっているのだろう? 個体なのか液体なのかそれとも虫なのか。臓器自体が肥大している、または腫瘍が発達しているのなら、固形もしくはゲル状のものだろうから開腹して摘出するしかない。でも生かそうと思うのなら摘出手術は無理だろう。この場合、薬剤で進行を抑え治癒させる内科的処方以外に手はなさそうだが、今までにその効果は得られなかった。
←「泳ぐツチノコ」段平くん。でもコイツは昔から要領のいい金魚だったんで、トリムコントロールが不能になっても、結構的確に餌を口にしている。芸は身を助ける、だな。オヤジJRと大違い。
(07.07.14撮)

 溜まっているのが液状物もしくは何らかの虫の場合。液状のものなら注射器で吸いだす方法が考えられる。虫(一匹の大きさにもよるが)の場合も注射器は有効かもしれない。また駆虫剤で殺すことができれば、さらなる増殖を抑えられるから、膨満の進行だけはストップできるはずだ。まあ死骸の排出は必要だろうけど。とにかくも膨満の進行を停止させなければ、段平は早晩死んでしまうだろう。リフィッシュ投与。

↑「やれ、うれしや。新手のエサかいな」
いんや、新手のクスリでんねん。
(07.07.18撮)

←7月17日から急激に活性が落ち、とうとう浮上性のエサを食べるのが困難になったので、「沈下性咲ひかり」に餌を変更。食欲はまだ十分あるが、このまま放置すると、持って一週間と見た。
(07.07.18撮)

 デバラの根本には効かないようだが、表皮の出血や化膿には有効なので、観パラDとグリーンFゴールドを買い足しにショップへ。ついでに兄ちゃんと「腎腫大症」の対処法を相談。やはり決定打なし。注射器で内容物を抜く方法については、針を刺す場所の特定が難しいこと、健常な臓器や浮き袋を突いてしまうリスク、術後の感染症などの心配等を話す。もうこうなったらなんでもいいや、と、新たな駆虫薬を入手して帰ってきた。
←底に横たわってショボ〜ンとしているので、好物の「乾燥イトミミズ」を入れてやると、俄然張り切って水面へ向かいパクリ。口に入れると即沈して寝ながらモグモグ。行儀の悪いやつなあ。
(07.07.18撮)

 
さあ、いよいよ決断を迫られる時がきたようだ。このまま放置して、横たわったまま静かに死を迎えさせるか。それとも駄目元で、腹部の内容物を吸いだす試みに賭けるか。わたしの飼育の基本方針
は「なりゆきまかせ」「放っとく」なんであるが…今回はちょっとねえ。
←腹部を腫らせているのが寄生虫や胞子虫だとすれば、何とかそれを駆除できないものかとショップの兄ちゃんと相談。リフィッシュでは効果がなかったので、ご婦人の恥ずかしい病気(トリコモナス原虫を駆除)の人間様用錠剤を入手して投入してみた。用量も成分もわからないからネットで下調べをした上、これでもかっ!と当てずっぽうに多めに投入。しかしこれ、膣の中で発泡する錠剤なので水槽で非常に扱いやすい。さすが人間様用。魚病薬なんてのはマーケットが小さいので開発費も微々たるものだろう。値段は馬鹿高いくせに効力はほとんど腑抜けにされているうえ使い勝手にまで手が回っていない。ちょっと化学に強いヒトなら、成分などを調べて応用を効かせればヒト用薬品で上手な投薬ができるのだろうなあ。…しかしこれ、よしんば効いたとしてももはや遅きに失した感じである。
(07.07.18撮)
←19日。床ずれさらに悪化。左腹部全面に内出血が拡大してきた。どうやら水面までカラダを上げることも難しくなった様子。放置するか、オペに踏みきるか、引き続き悩む。
(07.07.19撮)

 
デバラ病(仮)が『腎腫大症』だった場合のおさらい(1)。
原因はホフェレルス・カラシイという粘液胞子虫(旧名:ミトラスポラ・シプリニ/旧病名:腎ミトラスポラ症)が腎臓の上皮細胞を増殖させ腫れ上がらせる。寄生体は尿管腔内で胞子を形成。0歳魚に秋から翌春まで寄生。腎臓内に寄生するので薬が効かない。胞子は尿とともに体外に排泄される。(腹水を貯めるが虫が死んでも水は抜けない、という記述のものもある)
←死んでしまったのではありません。これは「段平、寝ころんだままメシを喰う」の図です。泳げなくなってしまったが、まだ食欲は旺盛。顔の近くに沈下性のエサを落としてやると、横臥したまま尾ビレを跳ねるように動かして口を底砂の方に向け、エサを食べるのであります。
(07.07.19撮)

 
デバラ病(仮)が『腎腫大症』だった場合のおさらい(2)。
最初は当歳魚(0歳)のみが罹患するということで6歳の段平にはあたらないと思ったが、ネットを回っていると8歳魚で同様の症例を見つけた。しかし得られた情報では、腹腔を膨らませているのが「臓器自体」なのか「増殖した寄生虫群」なのか「排出された腹水」なのかが判断できない。したがって注射器による吸い出しが可能かどうかわからないのだ。悩むなあ。
←20日。とうとうサッパリ泳げなくなった。横臥したまんま、こちらを見て口パクしている。「う・〜、メ・シ・く・れ・〜」…つうかんじだ。どーせ、こっちは手の打ちようもナシ。なんぼでも喰わせたるがな。ホラ、喰いたいだけ喰いな。
(07.07.20撮)

 しかしこの二三日、病状が急進行している。何か変化が起きたのか? たとえば駆虫薬が効いて臓器内の虫が死に、その死骸が腹腔を圧迫しだしたと想像してみる。それならば、危険でも内容物を抜いてやるしかないだろう。食欲も排便もあるのだから、オナカさえ引っ込めば復活できる可能性なきにしもあらず、ではないかと。まあ9割以上は助からないだろうが…一丁やってみるか。どうする?段平。「オッサン、あいかわらず優柔不断やなあ」

↑「うぷぷ、も、もうあかん…」
とうとう目玉も飛びだしてきちまったか。
(07.07.20撮)

←そして、翌7月21日。朝、水槽を覗くと、もう完全に動けなくなってしまっている。段平は寝たまんま、こちらをじっと見詰めるのみ。沈下性のエサに反応はするが、食べる気力がなくなってきたようだ。ポップアイになり、そしてとうとう糞の出も細く悪くなった。ついにそこまで圧迫が来たか。糞詰まりになれば即御陀仏…。

「よし、手術だ!サンダーバード(プアさん)にデンワだ!」←遅い、っての。
(07.07.21撮)

 
 7月21日。ついにオペ敢行を決断。急いで麻酔についてネットで調べると、小赤の場合でフェノキシエタノール0.05%溶液中に5分程度浴だが、水温30℃以上の場合に行なうと100%死ぬとある。水温によって効果が著しく変わるようだ。20℃くらいが適当らしいが、現在殺菌薬浴中で水温30℃。温度差10℃もある20℃の麻酔液槽に急に移すわけにはいかない。しかも段平の全長30cmに対しての適当な濃度と時間がわからない。まして相当弱っている段平に麻酔を施すのは非常に危険と判断。一週間前の活性ならかなり暴れるだろうが、今日の状態ではもはや跳ねる力もそうないだろう、ということで麻酔ナシ手術に決定した。

 卓袱台の上に古新聞を敷き、その上にクッキング用ペーパータオルを敷き詰めて手術台を作った。ズシリと重い段平を両手でそっと掬い上げて、台の上に横たえ、飼育水で濡らせた日本手拭いで腹部以外の魚体を包む。まずは腫れの酷い左側に針を挿すことにして、プアマリナさんに魚体を押えてもらう。段平は観念したのか、それともとことん弱ってしまったのか、神妙にして暴れない。さあ、手早く吸引を終えなければならない。不器用なわたしだが、これだけ腹が膨満していれば、間違っても心臓や浮袋を突くことはないだろう。なにせ、そこらじゅう全部が腹である。

 間近で見ると、出血、化膿した腹部表皮は凄く痛々しい。どこに挿すか、一瞬「迷い針」してしまったが、ええい、ままよ!と出血部のやや上あたりのウロコの間にブスリ!とやった。表皮と腹腔の間は、化膿のせいか厚さ2〜3ミリのゲル状部になっていて針先が定まらず、左右に触れて傷を作ってしまった。躊躇すればするほど傷が大きくなるので、エイヤっと力を込めて腹腔を貫く。プチッという音とともに針先が腹腔内に入るのがわかる。中は針先がフリーの感じである。「しめた、こりゃ液状だな」と思い、さらに5mmほど針先を挿入し、左手で注射器シリンダを固定。右手でピストンを引く。さあ、何が吸いだされてくるのか。期待が脹らんだ。



↑二度目の『手術中』ランプ点灯。
プアマリナさん執刀中。プチッ、とな。
(07.07.21撮)


 ところが、ピストンが引けない。ピクリとも動かない。卓袱台に肘をつき直し、両手にしっかり力が入る体勢をととのえて、もういちど引く。腕が震えるほど力を入れるが、全然動かず。場所が悪いのか。一旦針を抜いて、もう一カ所、別のところに刺し直してみたが、それでも同じだ。あまり時間はかけられないので、傷口にイソジンを刷毛塗りして段平を水槽に戻した。これはどういうことだろう。コップに水を入れ、注射器で吸い上げてみると、僅かな力でピストンは動き、水はシリンダ内に吸い上げられた。それが腹腔内ではピクリとも動かないのだ。ということは、腹腔の内容物は膿でも腹水でも寄生虫でもなく、臓器または腫瘍の組織そのものの固形物ということか。使用した注射針の内径は0.75mmはあり、相当太いものなのだが…。

 水槽に戻された段平は、さすがに虫の息。底砂に横たわって弱々しく口パクしている。それを横目に見ながら、プアマリナさんと一服しつつ、手応えを報告して相談した。手術のダメージを受けた段平は数時間のうちに確実に死ぬだろう。しかし、デバラの内容物を吸いだした後に衰弱して死ぬのならば、手を施した甲斐もあるというものだが、何もできなかったのが非常に悔しい。しかし、ひょっとしたら針を刺す位置が正しくなかったのかもしれない。腫れの少ない右腹部からなら抜けるのではないか。手が変わればまた違う結果を呼ばないか。それにプアさんにも吸引の感覚を試してもらいたい。ということで、段平には死に追い討ちをかけることになると思うが、悔いを残さないようにもう一度逆サイドでチャレンジすることにした。

 ぐったりの段平を水槽から再度取り上げ手術台に。すまんのう。今度は右腹部をプアマリナさんに施術してもらうので、わたしが段平を押えた。もう段平に暴れる力は残っていないので、片手で押えて片手にカメラ。不謹慎だなあ。しかして結果は右サイドでも同じだった。プアさんも「腹腔に針先が入ったのはわかったが、全くピストンが引けず、吸い出せなかった」のだった。再び挿入部にイソジンを塗り付け、水槽に段平を戻す。二度目は左腹部を下にしたため、化膿していた表皮がさらに傷んでしまった。左腹部が直接底砂に触れないように支えをかませてカラダを持ち上げた状態に横たえ、抗生剤のグリーンFゴールドと抗菌剤観パラDを追加投入して、オペ終了。段平は弱々しくパクパクしているのみだ。残念ながら、延命の試みは失敗。永の闘病生活にトドメをさす結果とあいなり申した。プアマリナさんお疲れさまでした。どうもありがとう。



←二度目の腹水吸引チャレンジの様子を撮影した。右側腹部は開口や出血をしたことはないので表面がきれいである。濡らせた日本手拭いは魚体を傷つけず包むのに良いらしい。また頭まで覆ってやると暴れない。この注射針、外径が1.5mmくらいある極太だ。あたしはこんなので注射されるのは御免です。
(07.07.21撮)
←こちらは左側の腹部。発病当初よりこちら側が肥大、その後出血や化膿を繰り返してきたうえ、最近は着底により常に床ずれするようになっていたので、非常に痛々しい状態。イソジンをお好みソースのようにハケ塗りしてから水槽にご帰還ねがう。
(07.07.21撮)
←オペを終え、水槽に戻った段平。トメ子の最期にも使用したミニゴン2の取付け具を支えに、傷んだ左腹部を持ち上げて安置。弱々しく鰓を動かし、口パクを続けていたが、術後およそ3時間後の21時頃に息絶えた模様。(飼い主はプアマリナさんと「お疲れさまヤキトリ会」に出かけたので、死に目に会わず。なんちゅう人非人や!)
(07.07.21撮)
←翌朝の段平の死顔。もう口は動かない。わたしを見ようとしない。餌も欲しくないらしい。
(07.07.22撮)
←profile
名 前:段平
二つ名:才槌アタマ、銀魚、デバラ、ダルマ、泳ぐツチノコ ほか
性 別:オス
生年月:2000年12月産卵時の稚魚(オヤジJR・ジャンボとは同腹)
父:オヤジ(orオジサン) 母:東王
子:拾丸(2005年10月生)
命 日:2007年7月21日 21時頃没・享年6歳8ヶ月
死 因:飼い主の無謀なオペによる刺殺死および窒息死?
死亡時の全長:30cm 体重:800g
一時は全長31cm以上あったのに、デバラになったぶん縮んでしまった。実測値は29.5cmしかなかったが、オトコの子だし、さも悔しいだろう。新弟子検査も甘くなったらしいから、ここはオマケで公式記録30cmつうことにしといてやる。しかし体重は正味800g!。32.5cmのジャンボが560gだったから、腫瘍の重さが約300gか。そんなステーキ久しく喰ってないぞ! しかし段平は常にハラに錘を付けて泳いでいたんだなあ。ご苦労さん。
(07.07.22撮)
東王の子ら、菌魚たちついに全没

←そして、永きにわたりさまざまなすったもんだをくりひろげてきた『菌魚太平記』のホームグラウンド、75cm本水槽には、遂に誰もいなくなった。
(07.07.24撮)

 
古池や エルバとイソジン 泡の音


 上記のように、注射器による腹部内容物を吸いだす試みは失敗に終わり、段平は即日息絶えた。しかし何もしなくても、せいぜい残り一週間程度の命だったと思う。静かに死なせてやるのもひとつの考え方だが、アタマや循環系統・消化器系統が正常なのに、腹部の肥大でカラダが動かせなくなり、沈んだままじんわりと死んでゆくのは、かなり残酷な仕打ちである。腹部の腫れの原因さえ取り除いてカラダを軽くしてやれば、しばらくは生活してゆける可能性があると思われたのだから、素人オペの敢行に対して全く後悔はしていない。

 サカナが死ぬたびに同じことを書いているけれど、同様の症例の金魚を飼育していて、その治療の参考にしようと閲覧に訪れていただいた方には、お役にたつことができないことを申し訳なく思う。段平の場合も、死後の腹部を解剖して臓器の状態を調べたり、顕微鏡で観察して寄生虫や胞子虫などの存在を確認すれば、病気の種類の断定もでき、治療のヒントも得られたかと思うのだが、わたしには全くその気がないのだ。専門的なことは、その筋のかたの研究にお任せして、ここでは、とある金魚の生き様を記録するだけにとどめたいので、当欄はそういう「読み物」だと思っていただきますように。

 7月22日早朝、段平をジャンボの隣に埋葬した。その際、段平の死骸を空のバケツに入れて運んだのだが、死骸の左腹部から大量の出血が見られ、10リットル容量のバケツの底に、みるみるうちに深さ2cmほどの血溜まりができた。これには驚いた。そして、それだけの出血量にも関わらず、膨満した腹部が萎むことはなかった(一瞬、エボラ熱なんて強面風土病の名前がアタマをかすめたが、こりゃ冒険小説や科学本の読み過ぎだw)。デバラの300gは腫瘍の重さ?それとも血液の重さ?血が出たあとの死骸は軽くなってるのか?じゃあ臓器はカスカスになってるのか? とかなんとか考えながらも淡々と墓穴を掘り、そのまま段平を入れてサッサと土を被せてしまった。何も調べることなしに。さよなら、段平、ありがとう。

 ここいらで、『段平盛衰記』、一幕の終演であります。



〜 段平・アーカイブス 〜
↑「おいらはデバラの段平様だ。おぼえとけよぉ…」
(07.05.28撮)

さて、お約束の段平アーカイブス。しかし本コーナー、こうも連続するとはねえ…。

←「海軍兵学校」時代。60cm水槽に父親、伯父、兄弟ら猛者12匹が犇めく。写真のどのサカナが段平かは判別できない。この頃にはまだ名前がついていなかったと思うが。

18話・一丁前にサカる?」より(2001年10月)
生まれた頃のレポートは「08話・稚魚成長中」(2000年12月)などに記載


←アーカイブスには必ず登場する「金魚図鑑」の回。3歳魚の頃だ。この時の全長は16cm。当時本水槽にいた10匹のなかでは、もっとも特徴に乏しく目立たない個体だったのだが。ただし追星がハッキリ見えるように助平度は十分なオスだった。

33話・発情と産卵の季節〜75cm本水槽全金魚図鑑」より(2003年3月)

←実は段平、3歳の夏に一度死にかけている。お盆休みの旅行から帰ってきたら、水カビが大発生中。本水槽の10匹中5匹が真っ白になって底砂にゴロリ。まだかすかに息のあった2匹をバケツで蘇生させようとしたが1匹は死に、唯一奇跡の復活を遂げたのが段平だった。写真はかなり回復してきた状態だが、まだエラにはカビが付着し、ヒレの付け根から出血がみられる。

36話・冷夏恨めし」より(2003年8月)

←夏の水カビ禍を生きのびた5匹の通信簿。左が段平。危篤になった影響か、頭が右側に歪んできたのがこの頃。口の下あたりからじんわり白化が始まってきたのもわかる。本文に、餌の取り方が器用とあり、頭の良さを発揮しだした頃でもある。通信簿の成績は、総合で「4」だ。

39話・金魚の通信簿」より(2003年12月)

←4歳になって、急激に白化が進行する。下の写真の回は2ヶ月後だが、日焼けの皮が剥けるように、あれよあれよいう間に白いサカナになって行った。この頃、メス金魚のカタメが「腸まん」に罹って死んだ。この経験があったおかげで、段平のデバラが消化不良ではないことがすぐにわかった。

41話・カタメの腸まん闘病記」より(2004年6月)

←真っ赤だったカラダの大部分が真っ白に。尾ビレも全体が白くなり、向こう側にいるジャンボの口が透けて見えている。段平がすっかり白くなったおかげで水槽の風景が華やかになった。

42話・水カビ病について今一度考えてみる」より(2004年8月)

←この頃が、「最白期」だったようだ。飼育水劣化対策の一環として、餌を高級なものに変えた。それは色揚げ用でもあったので、以後は、段平に残っていた赤い部分の面積が再び増えだし、どんどん色濃くなってゆく。

43話・菌魚と銀魚」より(2004年11月)

←本水槽のライフワークだった水カビと闘いを制するために、ヨウ素イオン樹脂抗菌剤を投入。つかの間のナイスコンディション。左はジャンボ。おひろいの両親のツーショット遺影である。

44話・ヨウ素で殺菌」より(2005年4月)

←一歳年下の妹、トメ子(上)が消化不良にいたり、フラフラの状態に。しかしそこは畜生の悲しさ。絶倫の実兄・段平は本能の赴くまま瀕死のトメ子にアタック。妹の死期を早めてしまいましたとさ。このころになると、段平の赤い部分の面積がずいぶん回復しているのがわかる。写真は2005年10月の撮影。

46話・トメ子、逝く」より(2005年12月)

←そして2006年6月、段平のデバラ異変が発覚。以後1年余の闘病の間に、オヤジJRが逝き、ジャンボも倒れ、今回にいたる訳だが、結構波乱万丈の金魚人生だったなあ。後継ぎに一粒種の拾丸を残している。写真は2006年7月撮影。

48話・ガン病棟?」より(2006年12月)


↑2000年生まれ、海軍兵学校出身の段平、晩年の勇姿。
名付けて『海軍零式水中飛行艇』
(07.05.28撮)

↓そして、再整備なった大坂城、じゃなかった本水槽には…
ジャンボと段平の一粒種、馬鹿若殿の拾丸がひとり越してきた。
おひろいもキッチリ「菌魚」の血を受け継いだと見え、病気が全然治らないぞ。
困ったもんだ。(07.08.24撮)
2007/09/17 (Mon)

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