蒸気機関車と鉄道趣味
32中編
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国鉄 七尾線/能登線のC56形、C11形、C58形 前・中・後編(1973.3.31〜4.1)

中編 「ふるさと列車おくのと号」

(minolta SRT101・ロッコール58/135mm f1.4〜3.5・fujicolor N100)

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お座敷編成を従え七尾北湾に沿って穴水を目指す9411レ急行『ふるさと列車おくのと号』。
金沢〜七尾間をC58140が牽き、七尾〜能登線珠洲までをC11328が受け持った。
(C11328[七] 七尾線 能登鹿島〜穴水 73.3.31)

編成後尾には能登の海の絵をあしらったマークを装着。
(C11328[七] 七尾線 能登鹿島〜穴水 73.3.31)

穴水から国道249号線を南へ、湾に突き出た小半島の峠を越えて能登鹿島方面へ歩くと東側から七尾北湾が接近してくる。このあたりから西岸駅まで、七尾線の線路は国道と平行して海沿いを行く。峠のトンネルでの撮影をしくじった(?)せいか、ここでは海景バックの直線部と300Rの追い撮りの2カットを欲張ったようだ。下り『ふるさと列車おくのと号』9411レは午前10時10分頃の通過だ。穴水から歩き出して約3時間。道草を食いながらののんびりした旅である。


白煙を引きながら峠に向かう、急行『ふるさと列車おくのと』9411レ。
赤帯が入る旧客4両のお座敷列車編成は、ノスタルジックな味わいがあった。
(C11328[七] 七尾線 能登鹿島〜穴水 73.3.31)

『ふるさと列車おくのと』の撮影後、さらに南へ歩く。能登鹿島駅が近づくと集落もちらほらと。入り海の見える線路端の土手に三脚を立て、早朝撮影したC56124牽引の貨物列車が輪島から戻ってくるのを待つ。おだやかな海には小舟で漁をする人も。春の陽射しを受け、前夜からの強行の疲れも出て、ついウトウト。12時30分頃。


能登鹿島の集落の築堤を行く貨166レ。ホーロー広告看板の民家が見える。
(C56124[七] 七尾線 能登鹿島〜穴水 73.3.31)

輪島から折り返してきたC56124牽引の貨166レ。
海に小舟の漁師、国道にはデリカバン。のどかな漁村の春の1コマ。
(C56124[七] 七尾線 能登鹿島〜穴水 73.3.31)

穴水駅から撮影しつつてくてく歩いて数時間、13時過ぎにようやく能登鹿島駅に到着。駅でしばし休憩ののち、14時6分発の350Dに乗車して、ひと駅南の西岸駅へ移動した。今度の駅間の移動時間は8分である。西岸駅南西にある小高い丘の上で、珠洲から折り返してくる上り急行『ふるさと列車おくのと』9412レを待った。

金沢方面に帰る上り急行『ふるさと列車おくのと』9412レは、
西岸駅で8313D と交換。15時頃通過。
バックで牽引するC11328が、この先の峠に挑む。
(C11328[七] 七尾線 西岸駅付近 73.3.31)

穏やかな七尾北湾を背に、西岸の集落を行く上り『おくのと』9412レ。
奥にうっすらと見える山影は東に続く能登半島。画面外の右正面には青島と能登島の景観が広がる。
(C11328[七] 七尾線 西岸〜能登中島 73.3.31)

撮影後、西岸駅に戻り16時45分発の339Dで穴水へ。ここで能登線の各駅停車433Dに乗り換え、宇出津着18時12分。宇出津の奥能登ユースホステルに宿をとった。未明の金沢到着以来、結構ハードな旅程一日目が終了。

明けて4月1日は快晴の日曜日だった。当初の旅程メモを見ると、早朝に宇出津のYHを出て穴水に戻り、輪島方面に移動して七尾線の貨8161レを撮影後、急行で能登鵜飼まで取って返し、下り『おくのと』を撮影…となっているのだが、ネガを調べてみてもその痕跡がない。どうやら前日張り切りすぎて寝過ごしてしまったようだ。なので実際はおっとり刀で穴水まで戻り、そこから終点珠洲まで『おくのと』に乗車、折り返しそのまま上りにも乗車して七尾へ戻るという、お気楽な一日汽車旅を選択したようである。

というわけで奥能登撮影行2日目は『ふるさと列車おくのと号』乗車の旅。メモを見ると下り『おくのと』の金沢〜穴水間は9411レ「急行」、穴水〜珠洲間が9421レ「快速」となっている(穴水〜珠洲間が普通列車扱いとなったもよう)。以下、『快速・ふるさと列車おくのと』の旅が続く。



下り急行『ふるさと列車おくのと』9411レが、
穴水駅に到着。ここから快速の9421レとなって
能登線に入り珠洲を目指す。10時30分頃。
(C11328[七] 七尾線/能登線 穴水駅 73.4.1)

下り『おくのと』は宇出津駅で20分弱停車し、
上りのDC急行と交換。11時30分頃。
能登半島の路線図を描いたヘッドマークを撮影。
(C11328[七] 能登線 宇出津駅 73.4.1)

列車は12時17分、珠洲駅に到着。折り返し上り列車となるが、珠洲駅発は13時8分である。余裕はおよそ50分間。駅を出て散策したり食事をとるには中途半端な待ち時間なので、珠洲駅構内で機関車の整備や付替が行なわれる様子を撮影しながら出発を待った。
能登線の終端は蛸島駅だったが、『おくのと』は珠洲駅で折り返す。
ターンテーブルはなく、バック運転のC11が側線を通って上り編成の先頭へ回る。
12時30分頃。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

C11328の顔。前照灯はシールドビーム。煙室扉周囲の手摺も短く端正な顔立ちだ。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

C11328のサイドビュー。サイドとリアの水タンクが増量された三次形以降のタイプ。
折り返し、上り列車の運転に備えて整備中。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

C11328の第一動輪とクロスヘッド部。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

側線を機回りしたC11は編成の金沢方先頭に逆向き連結。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

お昼の陽射しの中で出発を待つ、上り9422レふるさと列車編成。
ネガの退色のせいもあるが、鉄道模型ジオラマ撮影のような質感の一枚だ。
(スロフ53 2025+オハ35 2870+オハ35 2019+オハフ33 2093 
能登線 珠洲駅 73.4.1)

『ふるさと列車おくのと号』は1970(昭和45)年10月3日、穴水〜珠洲間で営業運転を開始した。今で言うジョイフルトレインの先駆けと言えよう。71年4月には金沢まで運転区間が延長されたが、1973(昭和48)年9月30日のさよなら運転で幕を閉じた。運転日は毎土日曜と祝日のほか、GW期間・夏休みは毎日運転。牽引機は金沢〜七尾がC58140(後編参照)。七尾〜珠洲間は初代がC11272、二代目がC11300で、写真のC11328は三代目。

編成は、旧客4両で、全車ブドウ色2号の塗色に三等車表示の赤帯入り。
金沢方から1号車(愛称:のと)がスロフ53 2025で、この車両がアルミサッシ窓枠、車掌室付きの和式(お座敷)改造客車。以下2号車(愛称:つくも)オハ35 2870、3号車(愛称:きのうら)オハ35 2019、4号車(愛称:そそぎ)オハフ33 2093で、各車インテリアにカラーバリエーションと民芸調の装飾が施されていた。



上り列車のしんがりは4号車のオハフ33 2093。
先頭のC11から煙も立ち上り、いよいよ発車は目前。13時頃。
(C11328[七] 能登線 珠洲駅 73.4.1)

さて、13時8分、上り快速『ふるさと列車おくのと号』9422レは珠洲駅を出発。車窓風景を愉しみながら七尾まで乗車し、七尾機関区を訪れた。
(後編に続く)


後編「七尾機関区」に進む


国鉄 七尾線/能登線のC56形、C11形、C58形 前・中・後編(1973.3.31〜4.1)
(minolta SRT101・ロッコール58/135mm f1.4〜3.5・fujicolor N100)

2006.12.20記

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