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文庫本読書倶楽部
92
東京情報

東京情報 92 東京情報

鈴木伸子 著
新潮文庫
東京都市観察記

投稿人:cave ☆☆ 03.01.28
コメント:増殖する箱モノ、トラフィック、文化等変貌する現東京のイメージを掴む


 私は東京が好きだ。細かいことを持ち出し始めれば、嫌悪すべき部分は無数にあるのだけれど、それでも総括すれば、素直に「好きだ」と言いきることができる。新幹線で東に向かい、タマ川を渡ったあたりからの車窓の風景になんとなく気持ちが高揚するし、東京駅のホームに降り立った瞬間から清々しい気分に包まれる。ひとまずは地方都市にない強大なパワーみたいなものに包まれる感じが気持ち良いのだろうとは思うが、あれだけの雑多な人波のなかで清々しさを感じてしまうのは、ちょっと変わり者なのかもしれない。その理由はその場に犇めいている人間の存在感が希薄であるからだと思っている。風景の中に溶け込んでしまい、臭いや個性がこちらの気に触らない。雑踏のなかにもかかわらず、映画を見ているような、庭園を散歩しているような、自分一人の世界を満喫できる。

 10年と少々前に、10年間住んでいた東京を離れ、関西に戻って来てしまったのだけれど、仕事などで東京に行くたびに、どんどん変わり行く風景に驚かされ続けている。なんとなく移り変わりを眺めてきたのだけれど、実のところどこがどう変わったのかを確認するすべがなかったので、多少ストレスが溜まっていたのである。とはいえ若いころのように、深く濃い情報を要するような齡ではなくなったこともあり、ジャンル別に細分化された膨大な情報のひとつひとつを事細かに当たる気にもならない。インターネットで検索するにしても、特定の事柄ならともかくも、ざっくりと「東京がどう変化してきたのか」のを調べるのは大変困難なのである。

 最近、仕事で東京に行く機会が増え、実際に色々な場所に足を運ぶことになり、鈍った土地勘のギャップがイライラを増幅させだした。増えた地下鉄路線。思い掛けないところにいきなりそびえ立つランドマーク。あるべきところから姿を消した建造物。また大まかなサブカルチャー拠点の変化。今後の都市計画を見据えての不気味な現状維持など、押さえておかなくてはならない情報不足が、ここにきて沸騰した感があったのだ。

 そこに本書の発刊を知り、いやいや助かった、と言うわけなのである。著者はオトナ向けタウン誌「東京人」の副編集長で、本書は読売新聞連載のコラムをまとめたものだそうだが、そういう視点・媒体で連載されたものだけに、今わたしが欲している「東京の情報」にドンピシャリと合致した。そう、私にとってはブームになっているブランド名や店の名前、詳しいいきさつは知る必要がないし、10年前までの土地勘に関しては、一般の読者以上に持ち合わせているつもりだから、町名などの「地名」に関して詳細に説明がされていなくても、記憶を辿り、膨らませれば理解することができる。一編が一見開き(2P)の簡潔なコラムに纏められた最近の街のすがたの記述を、自分の知識と合体させて、今の東京を脳内地図にインプットしてゆく。そこに著者がちりばめてくれている、適度なかくし味と見解を紡ぎあわせる。この作業は非常に愉しく、そして実用に富むものとなった。

 だから、本書を東京の「情報」源として期待する人には、掘り下げ方が断然物足りないであろうし、また東京に関して全くの初心者にとってはやや不親切で難解に感じるだろう。また永らく「東京人」でおられる方々にとっては、「あら、そうなの?」という程度の情報であるのかも。しかし、わたしにとっては文庫一冊のなかに、必要十分な情報が多数の項目に渡って記述されている本書はまさにシメシメの「東京情報」なのであった。そのあたりを鑑みて、私的には☆☆☆のところ、☆☆のおすすめ度にしておいた。加減が絶妙!


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