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文庫本読書倶楽部
93
硫黄島の星条旗

硫黄島の星条旗 93 硫黄島の星条旗

ジェイムズ・ブラッドリー、ロン・パワーズ 共著
文春文庫
戦争ノンフィクション

投稿人:cave ☆☆☆ 03.02.28
コメント:「もっとも有名な戦争写真」に写った6人の兵士のドキュメント。


 硫黄島の摺鉢山に海兵隊兵士が星条旗を掲げるシーンの写真(本書の表紙に掲載されている)は有名だが、この一枚の写真に纏るストーリーは、あまり知られていない。わたしも硫黄島守備隊が激戦の上、玉砕したことは知っていたので、米軍の火炎放射器等圧倒的な火力で完全殲滅が完了したのち、誇らしげに掲げられたのだと思い込んでいた。ただ写真に刻み込まれている疲れきった気配みたいなものから、日本軍守備隊司令官、栗林中将の果敢なひとあばれも読み取ることができ、硫黄島上陸作戦の凄まじさを写し込んだ「名写真」であるとは認めざるを得なかった。

 ご存知の通り、日本軍は上陸防衛戦の常識であった水際での戦闘を避け、島じゅうに掘り巡らした洞穴、トーチカにたてこもって闘った。海面を埋め尽くすほどの米軍の艦艇はたいした抵抗にあうこともなく兵士はビーチに上陸するのだが、一瞬の静けさの後、凄まじい一斉攻撃にあい多大な戦傷者を出した。米軍が相手勢力より多数の戦傷者を被った戦いは他に例がない。栗林中将は究極のゲリラ戦を敢行したのである。この硫黄島での戦いを教訓にした米軍は、のちの沖縄上陸作戦の折は情け容赦なく徹底的に殺戮する戦法をとる。硫黄島には民間人はほとんどいなかったが、沖縄戦では市民を巻き込んでの悲惨なジェノサイドとなってしまった。そして原爆投下の決定へも繋がってゆく。

 表題の写真が撮影されたときは、すでに摺鉢山での戦闘は終了していて、のどかな据え付け風景だったこと。また、写真の旗は二代目の星条旗で、最初に揚がったものは記念として海兵隊が持ち帰っていた、などということが解る。写真中の、星条旗を掲揚している六人の兵士のうち、この国旗掲揚後もひと月続いた激しい戦闘で三人が戦死した。この時点では島全体の占領が完了したわけではなかったのだ。著者は、生き残った三人の兵士のうちのひとり、ジョン・ブラッドリーの息子だが、親日家となった著者は父親が硫黄島のことについて一切語ろうとしなかったので、かえって興味を持ち、細かな取材をして本書を書き上げた。写真の六人の生い立ちや青春時代までさかのぼって取材をしているので、単なる戦記ドキュメンタリーではない、趣のある仕上がりになっている。

 戦時メディアのヒーローとして祭り上げられた生き残り(写真中の)三人は、米国に凱旋し、国中をまわって戦時国債売上げのための宣伝マンのような役割をすることになる。撮影したカメラマンのローゼンソールは例外として撮影年度のピューリツァー賞を受賞し、これも例外だが、存命中の人物が描かれた最初の切手として発行された。クニを挙げてのキャンペーンである。どこかの国技の一代年寄みたいなものか。しかしこの操作された(と思う)ヒーローを強調したキャンペーンにより、国債の売上げは予定を大幅にうわまったそうだ。その資金が莫大な開発費を費やすヒロシマ・ナガサキ用弾頭にも費やされたとか。能天気な民衆を煽って世論の方向を都合の良いほうに向けてゆくやり方は、現在の米政権も得意とするところのようだが。

 もちろん、ドキュメンタリーとしての壮絶な戦場描写も迫力がある。1945年に入ってからの戦闘で、日本軍がこれほど強いというか健闘している場面を読めるものは、硫黄島の他にはないのではないか。硫黄島上陸戦に並行してB29による東京大空襲も敢行されているのだが、硫黄島基地が稼働していれば大規模な爆撃は不可能だったはずだ。この東京大空襲が注目を集めてしまったので硫黄島にはあまりスポットが当たらなかったともいえる。キナ臭い香りが漂う当節、いろいろな方面から戦争について再考する機会を与えてくれると思う。文章も素晴らしい傑作。おすすめです。

 しかし、あいかわらずの米軍の「力攻め」の伝統にはあきれるばかりである。大軍勢と大火力を手にした司令官は、どうしても消耗には鈍感になりがちだ。全くヘボの偽善者ばかりである(ま、これは両軍ともにではあるが)。そういう戦いは「ゲーム」の中だけにしておいていただきたい。いったい、いつになったら戦争のないときが訪れるのであろう。これだけ悲惨な経験を重ねてきているというのに。一兵士の視線、銃弾飛び交う現場にまで下ってみれば、ヒューマニズムに溢れているのではあるが…

 ※硫黄島の戦闘と現在の様子についてはホームページ「硫黄島探訪」(写真も豊富・テキストも上質)に詳しいので、興味を持たれた方はぜひ参照ください。


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