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文庫本読書倶楽部
91
御書物同心日記

御書物同心日記 91 御書物同心日記

出久根達郎 著
講談社文庫
時代小説・役人編

投稿人:コダーマン ☆☆ 03.01.21
コメント:情味ある役人小説で、状況がユニーク


 書店でこの本を見て、「御書物同心」というのはなんだ? と思い裏表紙を見た。同心だから役人だとは思ったが、要するに将軍家の蔵書を管理する係であった。
 ああ、そうか、そういう人が当然いたわけだ。
 長屋の連中の人情物でもなし、侍や浪人物でもないし捕り物でもない時代小説というのは面白そうだ。まるまる「嘘」ではなく、そういう役人がいたことを知っているこの著者が、創作を加えた話なんだろうと予想した。古本屋の主人でもある作家だから、古書についての造詣が深いことは予想できる。その辺りに面白い話があるのだろう。
 書店で、これぐらいのことを一瞬に思いめぐらす。
 江戸城内にある、全体静かな職場「紅葉山文庫」で、ほとんど誰も口をきかないで一日仕事をする。将軍家の御文庫にある蔵書が、紙魚に食われてボロボロになり、読めなくなった本があれば同じ本を探してきて、書き写してその本を補修しておく、というような仕事。静かな日常である。大名が将軍家に本を寄贈する、受け取った本がすでに蔵書されている物と同じ物ではないかどうかを調べて、もしすでに持っている本であれば処分することになるのだが、新しい本の方がきれいなら古い本を処分する。そのために、ページごとにしっかり調べる。シーンとした仕事。周りが本だらけなので火気厳禁、冬でも暖房を入れることができず、異常に寒い職場。逆に晴れ続きの季候のいい時期に、蔵書を乾かす。もしにわか雨でも降ってこようものなら一大事。蔵から庭に本を出して、猛烈に神経を使いながら毎日空を見上げている、それが仕事。
 寄贈本に書き込みがあるときれいに消してしまったり、切り取って紙を当てたりしてしまうが、本は読んだ人の書き込みこそ大切なのだと言われて残すことにする。とは言っても、将軍の目に触れて不謹慎なものは消さなければなるまいと、とにかく役人達は気を遣うのだ。
 江戸時代、本が好きで本が好きでこの職業に就いた若者の日常。勤務先が独特の場所なだけに、奇妙な性癖の先輩達が多い。くすくす笑いながら楽しめる。これが一冊目だとわかるが、このあとがずっと続きそうな本である。この連作小説はおすすめである。


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