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文庫本読書倶楽部
79
人間たちの絆

人間たちの絆―刑事エイブ・リーバーマン 79 人間たちの絆―刑事エイブ・リーバーマン

スチュアート・カミンスキー 著
扶桑文庫
海外ミステリ・警察

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 02.07.02
コメント:密度が高く、静謐な物語がゆっくり進んでいくのだ


 このシリーズを前から紹介しているものと思っていた。確認したら、紹介していない。
 スチュアート・カミンスキーといえば、達人の域にいる作家だと思うが、特にこのシリーズは味わいが深くて、渋くて、人間という存在が「懐かしくなってくる」。
 このシリーズは読むたびに「まいった」と思う。シカゴの刑事、エイブ・リーバーマンの、奥行きのある日常とつき合わないでどうします? というところ。文庫本で、これが四冊目。出版社の都合で、初めの順番がおかしかったが、今なら正しい順番で読むことができる。

 主人公は、年と長年の不摂生で、体のあちこちが痛み出している老刑事エイブ。心の通い合う妻ベスとユダヤ人的生活を、「穏やかに」続けていきたい人物である。
 一人娘に二人のかわいい孫がいるというのに、その娘は離婚しようとしている。しかもその娘は、孫二人を自分たちに預けてしばらく別の町で暮らそうと言い出している。その別れる寸前の娘の旦那が、エイブに会いに来て、別れるしかないんだという。それはエイブにもわかっている。自分の娘の性格を思えば、この男が別れたくなるのも無理はない、とエイブは思っている。その男をエイブ自身は嫌いではない。
 仕事上の長年の相棒である刑事は、いまアルコール中毒を抜け出そうと必死に生きていて、それはなんとかうまくいきそう。しかし、日々苦吟している。そうして苦吟していながら、中国系の女性に惚れ込んで再婚しようとしている。彼女と一緒になることでさらに自分を改めていこうという気持がある。しかし、中国社会のボスから、あなたは我々から見ると異質な世界の人間なのであきらめてくれないかと密かに言われている。
 エイブ自身は、あちこちの痛みを警察医に検査してもらうと、肥満、糖尿気味、ダイエットしないといけないといわれる。特に悪いところはないが、食事をしっかりコントロールしないでいると良くない結果を招くと釘を差される。いつも昼飯を食いにいく店での注文ががらりと変わってしまう。自分で自分が苦々しい。
 エイブはユダヤ人仲間に信頼されている。シカゴのユダヤ人社会の複雑な人間関係から逃れることはできず、妻とともに教会の行事の中心的な役を担わせられたり、金集めの活動を続けたりしなければいけない。それも、忙しい。その活動を、嫌っているのではなく、仕事と重なって、充分に果たせないことが心の負担になっている。
 「エイブ」は、エイブラハムの短縮形の呼び方。

 そしてもちろん、犯罪は起きてしまう。
 拳銃がバンバン撃たれるとか、そこら中パトカーが走り回るとか、若い刑事が乱暴な態度をとるというような愚かな刑事ドラマではない。良くできた警察群像ミステリー。現場に足を運んで証拠を集め、コツコツ聞き取りに歩き、じりじり解決していくタイプの小説である。
 大人が読む小説である。
 いい小説だと感じてじっくり味わってみると、それが警察小説だとわかってくる、そんな感じではある。
 今回は、二つの事件が並行して起きて、その一方は「ややこしく二つに割れている」という事態。警察小説なので、中で起きる事件と、その背景はこれから読むかも知れない人がいるので書くわけにはいかない。
 シカゴという街の、あまり富を持たない、しかも他国から渡ってきた人々の風景が中心になり、そこで犯罪が起きてしまう。エイブ自身もユダヤ人であり、事件を起こす人々も、人種問題を背負っている。でも、紛れもなく現代のシカゴを味わうことができるミステリーの秀逸作。
 とにかく、『愚者たちの街』『裏切りの銃弾』『冬の裁き』『人間たちの絆』、この順番で読んで欲しい。読んで、面白くないようであれば、海外ミステリーを読むのをやめた方がいい、そう思う。そう思うぐらい、いい。


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