cave's books
文庫本読書倶楽部
80
浜町河岸夕暮れ

浜町河岸夕暮れ 80 浜町河岸夕暮れ

千野隆司 著
双葉文庫
時代小説・捕り物

投稿人:コダーマン ☆☆ 02.07.06
コメント:んー、先が楽しみ。


 「小説推理」新人賞受賞作である。その初々しいところを読んで欲しい気がする。
 江戸を舞台にした時代小説で推理ものになっているとすれば、まぁ、捕物帳というのが一番やりやすい形になるんだろう。ということで、岡っ引きが主人公。
 捕物小説というのはどういう構造か、という基本を学ぶには格好の素材といっていい小説だ。岡っ引きである親分、これを使っている同心がいる。岡っ引きでは食えないので商売をしていて、これが居酒屋。仕入れは自分でやるが日中は店をかみさんに任せて、十手持ちに専念している。自分自身も昔は暴れていたことがあり、同じように、若さを持て余してすさんでいる男を真人間にして、子分として使っている。必ずしも思うようにはならないが、仕事はしっかりやる男。
 これで基本の基本ができている。親分とかみさん、子分、同心。
 この親分とかみさんの間に娘が一人いて、惚れた男に振られて、二番目に好きな男と一緒になった。そこのところが、親分の心に重荷になり、娘を不幸にしてしまっているのではないかという、親心が「べたっ」としている。
 この親分は、どちらかというと推理力を駆使して、人はどういう行動に出るものかを常に考えるタイプである。そうして、犯人らしく見えなかった人物をあぶり出していくから、面白くはできている。

 上手にできているが、もう一ついい点数をつけないのは、「人情物」にしようという気持があまりにも前面に出ていて、そうそうベタベタさせなくても読む方はわかるって! といいたくなるからだ。そこが、新人賞の新人賞たるところで、それぞれに頑張っている中から抜いてもらえる力の持ち主ではあるが、あちこち鼻につく箇所が多くて、もたれそうになった。
 推理する主人公の心の中を繰り返し描写する。そこは読ませどころだから力が入って当然だが、ややしまりに欠ける。あとは、娘かわいさのあまり、情に流れる父の気持ちが重たるい。悪くないけれど、「ほらね、人情物の読みどころはここですよ」と言っているようで、クサイ。

 同じ作家の「夕暮れの女/ハルキ文庫」の方が、時代小説としては格段に質が高くなっている。ところが、上手な人がその「上手」だけで書いたような物足りなさがある。
 その、「作家として評価されてから」の小説より、新人賞を受けた作の方が、熱気にあふれ、こう、なんというか力がこもっているのがわかる。
 重たるいの、ベタベタのといっておきながら、勝手なことを言っているが、力のこもった面白さと、巧みさでまとめ上げた面白さの違い、といったところである。

 時代小説を書くには、自分が書こうとする時代の風景をいつものこととして書けるようにならなければいけないし、得意な時代を深く知って物語の背景として巧みに使いこなせなければいけない。
 ある時代にはめこむとしたら 、物語は架空でも、その時の江戸で起こったことを踏まえなければいけない。武士の日常、商家の日常、岡っ引きの日常が描けなければいけない。池波さんの「剣客商売」は、世の中、田沼時代である。あの眠狂四郎は、水野忠邦の改革の時代にはめ込んである。
 そうしたことを思えば、時代小説の新しい書き手はなかなか育ってくるのが大変で、読み手としては「こごと」を言っていないで歓迎する一方であるべきなのだが、こっちも昨日今日の読み手ではないので、ナマイキなことを言わないではいられない。
 それに、私はこの作家を買っているのだから、応援しつつ辛口の話をしているだけで、実際、文中で出した本と表題にあげた本の二冊を読んでみれば、時代小説の若い書き手がどう育ち、どんな風に上手になっていくかがわかって興味深いといいたいぐらいなのだ。これからの二、三冊が見どころ。手を抜くようであれば、そのあと買わない作家になってしまう。


文庫本読書倶楽部 (c)Copyright "cave" All right reserved.(著作の権利は各投稿者に帰属します)