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59
橘花の仇/政次、奔る ―鎌倉河岸捕物控

橘花の仇政次、奔る 59 橘花の仇/政次、奔る―鎌倉河岸捕物控

佐伯泰英 著
ハルキ文庫 時代小説文庫
時代小説・捕り物系

投稿人:コダーマン ☆☆ 01.10.15
コメント:今、捕り物を読むならこれ!


 捕り物の連作小説であることを知らなかった。『 政次、奔る』という新刊、なんとなく惹かれてそのカバーをよく見ていると、これが捕り物小説の二冊目であることがわかった。それなら、一冊目からと取りかかったわけだ。
 これが、当りだった。
 どういう仕掛けがしてあるかといえば、この捕り物の親分が並みの親分ではないことにしてある。金座を守った初代から、江戸の金座を町内に抱えてそこを守ることを奉行所に認められているということになっている。しかも十手持ちという身分でありながら、お目見え以上ということになっている。話の中で、事件が起きてしまったのでそっちにかかりきりになって、年賀の挨拶に行くべきところを将軍に会いに行かずじまい、というところが出てきた。
 さらに、他の登場人物の群像がいい。
 貧乏長屋に生まれた三人の若者が、一人は船頭に、一人は大店の奉公人、もう一人は岡っ引きということになって働いている。優しくて力持ちと、真面目で頭がいいのと、元気で少しお調子者、この塩梅がいい。三人は仲良しである。そしてもう一人、同じ長屋で育った女の子が、酒問屋で飲み屋もかねた店に勤めている。その店に、仕事が終わってから船頭と岡っ引きはだいたい顔を出すことができるし、奉公人も集金の帰りに時々顔を見せることができるという具合になっている。
 この中の岡っ引きの親分が先の親分。
 女の子には深い事情があって、貧乏長屋の生まれだが実は武家の娘で、その事情は連作の中でゆっくり証されていく。捕り物と、青春群像と、一人の少女の身元にまつわるある藩の不正、これが三位一体となってバランスよくできている。この作家を知らなかったので驚いている。面白いのなんの。
 二冊目の題に出てくる「政次」というのが、大店に勤めている青年である。幼なじみの三人は、同じ長屋の女の子に気があり、ほほえましいライバル関係。
 事件の解決には当然親分の活躍があるものの、盗賊の逃走経路にあたる川筋に船頭になっている若者が隠れていたり、大店の奉公人であることを利用して金を貸してある武家屋敷の様子を知らせてもらったりと、物語の中に三人の若者を実に都合よく配置するあたり作家の力量、アイデアの良さを感ずる。「ああ、うまいな」と思ったものだ。
 時代小説、それも捕り物の連作となると、捕り物の中心になる親分の存在感、その上になる奉行所の役人の人格、親分の周囲の人々、定期的に登場する商家の人々、このお馴染みの人々の個性が読者にわかりやすく、だんだん好きになってしまうように書き込まれている必要がある。結果的にそうなっていかないことには、読んでいて面白くない。その点この本は、読者に一度も心配をかけない小説なので、すっかり楽しんでしまった。


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