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文庫本読書倶楽部
33
父に捧げる歌

父に捧げる歌 33 父に捧げる歌

ルース・バーミングハム 著
早川文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ― 01.02.26
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 2000年度の、アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀ペーパーバック賞受賞作、である。昨今、こういう受賞作なら大外れはないだろう、と買うようになった。自分の勘で当てることを怠けているわけではないが、外れると財布と気持にこたえるので、確率を上げるために、こういうこともしている。米英の大きなミステリ分野の賞を受けている小説は、かなりの確立で「面白い」と思っていい。
 「父に捧げる歌」という、やや甘口のタイトルで、どうなるかなと思ったが面白くできていた。いわゆるヴェトナム物と呼ぶジャンル。
 一般にミステリ分野のヴェトナム物は、アジアの戦地でのトラウマを抱えた人間がアメリカに帰ってきて、警察官、探偵、あるいは犯罪者、時には再び兵士になって、事件を起こすのが基本。銃を持つとトラウマが甦り、異常な反応を示してしまうといった登場人物もいた。しかし、この小説は珍しく女探偵サニーの「父親探し」である。つまり、サニー自身はヴェトナムを体験していない。
 新聞に元ヴェトナム兵が自殺したという記事が載っている。サニーの母親が、その死者の名前を知っているというので、どういう関係か聞くと、父親の部下だった人だという。その父についてほとんど何も話してくれない母親に、その記事を機会に詰問するが、父がどうなったかは知らない方がかえって幸せよ、と言われてしまう。
 ところが、自殺とされた男の妻が「彼は殺されたんだ」と言い張って、女探偵サニーに真相を探ることを依頼してくる。自殺する前に、「俺たちはCIAに狙われている」などと言っていたことを聞き、自殺したとされる男の同僚、つまりサニーの父の部下だった人々に会いに行くことになる。それぞれの男たちを相手に探偵として質問をし、仕事の最後に、父はどういう人だったか聞くと、素晴らしい人だったとはいうものの、どういう最期だったのか? と質問すると誰もが言葉を濁し、それについては聞かない方が身のためだといわれる。
 そしてあるとき、ワシントンにある戦没者記念碑に、父の名前が刻まれていないことを見つけてしまう。母親から、立派に戦死したと聞かされていた父が戦死した兵士の中に含まれていないのだ。
 こうして、サニーの父探しと、犯人探しが始まる。
 ヴェトナム戦争が終わってもう30年ぐらいになるにもかかわらず、アメリカの多くの人に共感できるテーマとして「負けた戦争」のヴェトナムは、重くのしかかっているということが、こうしたミステリを面白いとして評価することでわかる。湾岸戦争はなかなかミステリの背後に姿を現さないのだが、ヴェトナムはアメリカをガタガタにしたんだろう。
 サニーの探索が続いているうちに、南ヴェトナムからアメリカに逃げた人間や、彼女の父親にある指示をしたCIA の人間などが出てくることで、話に奥行きが出てきて興味を引いていく。アジアで戦うことになったどの人間も、とても理解してはもらえないだろうが、あそこではとても常識では考えられないことが起こったんだ、という。そうなんだろう。


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