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文庫本読書倶楽部
121
歌姫―87分署シリーズ

歌姫―87分署シリーズ 121 歌姫―87分署シリーズ
Ed McBain エド・マクベイン 著
早川書房 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
警察ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆ 05.01.28
コメント:本筋も、本筋でないところも面白い。


 久しぶりの「新書版ミステリ」。
 「ニューヨークそっくりの」アイソラの街の警察署、87分署とのつき合いもこれで51冊目ということらしい。一作目が1956年だというからすごいね。書き続ける作家の力がすごい。
 今、早川書房の俗称「ポケミス」で読むのはこのシリーズだけになってしまった。一冊1300円は、私には高い。だから、ハードカバーと、他のポケミスは文庫化されるのを待ってから読むのが普通になった。もちろん、文庫化されたら必ず読むというわけではない。文庫化されたときに読む気が失せている場合もあって、買わないこともある。
 とにかく。
 タイトルが「歌姫」で、音楽会社が素晴らしい才能を持った新人女性歌手を売り出そうとしている。アメリカ中のラジオ局の音楽番組や音楽専門局の選曲係に、その新人歌手の歌を流してもらうために金を渡したり、飲み食いさせたり徹底的にプロモーションする。テレビ関係者にはプロモーションビデオを流してもらう作戦。そうして売り出すのが普通らしい。
 そのお披露目の一環として、アイソラの街を流れる川に浮かべたボートにマスコミ関連の客を招いてパーティが催されている。クライマックスにはその新人歌手のパフォーマンスが予定されている。
 そして、その船から新人歌手を誘拐して会社から身代金をせしめようというグループがいる。

 あ、誘拐の話か、と思った。誘拐ミステリとなれば、金の受け渡しをどうするか、というミステリ小説でも、現実の誘拐でももっとも厄介な問題に頭が行く。犯人側から見てもっとも厄介というべきか。金を受け取る時に犯人が姿をあらわすという問題を解決しないことには、誘拐は成功しない。その問題が「1」。これまでになかった奇想天外の手段を見せてくれるのか?
 また、すでに人気を得て大活躍している歌手ではなく、今会社を挙げて売りに出そうとしている、若くてまだ無名の歌手を誘拐しようと企むのはどこか変だな、という問題「2」。
 この二つが読者である私に「この誘拐は普通の誘拐ではない」と思わせた。

 もう一つ読み処は、アメリカの警察小説にはしばしば出てくる地元の警察とFBIの諍いである。州境を越えるような犯罪とその他誘拐などあれやこれや、警察ではなくFBIが手がけることになっている件があって、この誘拐も初期は87分署だけがかかわるが、途中からFBIが「我々があたる」といってくる。
 ミステリ小説で多くのアメリカ作品を読んできたが、警察物あるいはFBI物の場合、必ず相手方を「嫌な奴ら」としている。実際にそうなのだろう。
 FBIは地元警察を下部組織のように扱い、地元のことをよく知る優れた警察官でも誰でも「所詮田舎もの」で、大きな事件の経験などないから解決に導くことができないだろうという態度をとる。一方「地域に根ざして事件の解決に当たっている俺たちの縄張りに無遠慮に入り込んできて、地元の事情を知りもしないで何を生意気なことをいうんだ」というのが警察の感じ方。連邦警察だからといって、その態度はなんだ! である。

 川に浮かんだボート上で事件が発生したあと、最初、水上警察から87分署に連絡が入り、捜査が始まる。まずは87分署がかかわるが、皆「そのうちにFBIが出てくるぞ」と予想している。結局、その通りになるのだが、捜査を担当するFBIグループにキャレラ(87分署の刑事、基本的にこの人が主人公)の同期がいて、キャレラにそっちの班に入るように要請が出る。ということで分署の刑事がしばらくは、FBI側になって誘拐事件の捜査に当たることになってしまう。
 そのこと自体は、誘拐された歌手を売り出そうとしている音楽会社の社長の要請があってのことで、FBIも拒絶できない。その社長が、身代金を払うのだから。
 さて、このあとはミステリの紹介の約束通り、話せない領域に入り込んでいく。

 今では、携帯電話の発信場所を探す方法も確立されているようで、身代金の額や受け渡し場所などの指示をしてきた時、探知しようとFBI自慢の専門家が装置を駆使する場面が出てくる。もちろん、犯人側はそんなことは百も承知で、携帯電話を何個も盗んであって、次々にそれを利用する。実際、そうすればいいのかも知れない。発信元を探すのは、以前よりは早くなっているかも知れないが、それでも時間がかかる。発信元をたどり、携帯電話の持ち主を割り出すたびにその持ち主の所へ捜査に行く。実際、誰の携帯電話からの発信かわかって、本人のところに行けるのだが、全部無駄足。数日前に盗まれたの、どこにおいたかわからなくなっていたのという普通の人ばかりである。いずれもアリバイがあり、犯罪とは無関係だとわかる。
 携帯電話の発信受信を逆にたどっていくのに三段階必要ということになっていて、長い話になったときにはどこから発信されているかまでわかる場合もある。しかし犯人たちは移動しながら盗んだ電話で話し、次々に捨ててしまうのでどうにもならない。
 「ああ、こうすればいいのか」と悪意を持った人間が思わないでくれるといいが、と思う。アメリカと日本は違うかな。

 金を用意した音楽会社の社長とキャレラが身代金を持って出かける。
 犯人側からは監視できて、こっちからはどこにいるか全然わからない情況。犯人たちが確実にライフルで狙っているという中では、身代金を指定の場所におくしかない。携帯電話を持って隠れているので、金を持った人間の行動をしかり見守り自分たちは姿を隠しつつ移動することができる。かなり離れて命中できるライフルで狙っているといわれれば、どうにもできない。
 犯人グループは、本当に人質を傷つけることなく返すつもりでいるが、情況が少し変わってしまう。  
 
 人質の命を最優先にしてくれという社長の要請を犯人側が承諾して、一度身代金を奪われてしまうカタチになる。
 これが、FBIには我慢ならない。ついに、FBIは「人質はどうなっても」犯人を捕まえる捜査に切り替える。身代金を払う、歌手が所属している会社の社長の「金は出すから、人質の無事を優先してくれ」という願いに耳を貸さなくなる。そこでキャレラがケツを巻くって、FBIの捜査班から出てしまう。
 そうしていよいよ警察対FBIの捜査競走になっていく。

 犯人グループ、FBI、87分署の動き。これがなかなかうまい具合に描かれていて面白い。
 一旦、犯人側が金を受けとることに成功してから、誘拐した歌手には受け取った以上の価値があるとわかって、身代金の額を上げてくるというのがあまりないスタイル。すでに奪った額よりもっと金を要求しても出すのではないか、というわけだ。そこから事件が大きく動き始め、元の計画が崩れることになって、話はややこしくなる。
 電話で、言われたとおりの身代金を渡したんだから、人質を返してくれという交渉が思い通りに行かなくなる。金を手にした犯人側に亀裂も生まれる。
 FBIが、二度目の身代金受け取りの時に罠を仕掛ける。
 FBIは、犯人が連絡してくることを利用して、金の受け渡し時点を利用して捕まえようとする。

 一方、87分署の連中は珍しく皆で協力しあって、足を生かした捜査を丁寧に続けて犯人に迫っていく。
 ボートの中で、新人歌手のパフォーマンスが始まってからの誘拐事件だったので、放送予定のテレビ局のビデオに、その様子がおさまっている。87分署の連中はこれを見て、何かを掴んで自分たちの方法で捜査を始める。犯人たちは、ブッシュ・フセイン・アラファトのマスクをかぶっているが、体の動きやきれいに磨いた床に残された足跡から履いている靴の手がかりを手に入れたり、誘拐に使った船の捜査からたぐっていったり、分署の刑事たちがそれぞれに地道な捜査を積み上げていく。
 この小説では、FBIは切れるが非常に乱暴な方法で捜査を押し進める一方、87分署の連中は緻密に犯人を絞り込んで行く。なかなかいい。

 警察小説らしい楽しみが味わえた。珍しく、恋愛模様も読める87分署シリーズ。
 読んだことのない人に、1冊目から文庫で読みなさいというのは「メンドイ」か。
 ずっと時代を反映した警察小説であり、架空の分署ではあるけれど、捜査方法は現実の警察の捜査に則って進むというのがこの警察小説の魅力。一つの分署に視点を置いてきたので、そこに来る人、去っていった人、事件の中で死んだ人など、いわゆる悲喜こもごもあって、突然読んだ場合「人間関係」の面白さに手が届かないこともある。
 でも、この一冊は独立して読めるので、どうぞ。

 シリーズ次作「耳を傾けよ!」のレビューはこちら

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