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文庫本読書倶楽部
120
火の華―橋廻り同心・平七郎控

火の華 橋廻り同心・平七郎控 120 火の華 橋廻り同心・平七郎控
藤原緋沙子 著
祥伝社文庫
時代小説・捕り物系

投稿人:コダーマン ☆☆ 04.11.19
コメント:人情話として上質!。


 これは「橋廻り同心・平七郎控」という連作小説の二冊目である。
 一冊目の表紙に描かれている人間たちの中央に、木槌を持った人物がいる。これが平七郎だろうと思う。
 八丁堀の役人、同心ではあるが十手ではなく木槌を持っている。この平七郎は橋廻り同心という役を仰せつかっていて、江戸市中にある橋の管理官ということになっている。橋の保全・修理・安全担当。それで十手ではなく、木槌を持って歩き廻り橋桁を叩くことになる。人間の事件ではなく、橋が壊れていないか見廻るのが基本で、十手を持って颯爽と江戸市中を廻る同心連中からは、からかわれたり軽んじられたりしているが、なかなかいい奴なのだ。

 一冊目を読んだあとで紹介しないで、この二冊目になってから紹介したには理由がある。
 一冊目の平七郎登場編では「橋廻り」同心の登場ということで、話が橋から離れられない条件がやや窮屈に感じさせるところがあって、面白くはあったけれど、他の人にためらいなくお薦めするにはほんの少し足りない気がした。まったく読者というのは勝手なものである。
 でも、この著者藤原緋沙子は、本が出たら買って読むべき作家。文句無しである。隅田川御用帳というシリーズが、廣済堂文庫から出ている。これがまた、うまいんだ。

 時代小説を書く人はいずれにしても書こうとする時代のことを勉強しておく必要があり、江戸の町を頭に入れておくのも基本、その上で、その時代の中に自分が思い描いた主人公をあてはめていかにもあったよう語っていくのだから、手練れなのは当然といえば当然。その上で、女性作家は「人情話に、女の思いをからめる」のがうまいし、男性作家より着物の描写や、男女の機微についての言葉の選び方が柔らかくて「うまいなぁ」と思わせる。宇江佐真理という大のお薦め作家もいるが、この人の小説などゆっくり読もうと思っていてもどんどん読んでしまうぐらいに面白い。藤原緋沙子もそこに達してきた。
 二冊目になって、主人公の扱いに慣れたか、話の運びが何とも巧い。ほろりとさせる。

 さて、元々十手を持って颯爽としていた主人公が、橋廻りなんかにさせられているには理由があるのだが、それは読んで欲しい。やや嫌な存在の先輩がいて、この主人公が実際は有能な同心であることを知っている上役もいる。木槌を持って歩き回っているが、刀を抜くとかなりの腕前。
 基本的な話の展開は、日々橋の状態を調べているうちに事件にぶつかって、その解決に尽くして、「これはお前の役目ではないだろう」と文句をいわれつつも、本当は切れ者であることを読者に楽しませてくれるのである。

 橋廻り同心という人物設定がなかなか微妙で、一つの橋の向こうとこっち、ということで男女の物語を生み出してその間にある橋をうまい具合の小道具に使う。この辺の展開がいい。
 いつもいうけれど、人間関係を心得ておくためにも、一冊目『恋椿・橋廻り同心・平七郎控』から読んで欲しい。連作小説では、突然途中の作品を読むと「どうしてこいつがこの人にこういう口をきくんだ?」というようなこともある。数え上げるとけっこうな人数が出てくるが、それを整理して小説を楽しむためにも順番に読んで欲しい。
 それと、今旬の時代小説作家として藤原緋沙子をおすすめします。どれを読んでも間違いなく楽しい、面白い、男女の間の何ともいえない心の行き来に筆が届いている作家だと思う。


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