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文庫本読書倶楽部
113
沈黙の森

沈黙の森 113 沈黙の森

J.C.ボックス 著
講談社文庫
海外アウトドア系ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆ 04.10.17
コメント:都会ミステリにはない安らかさが心に残る。


 読んでいるうちに「ああ、アメリカ人はこういう小説が好きなんだろうなぁ」と思ってしまう小説。アメリカ人のみならず、私も好きになったのだが。
主人公の「正義感と茫洋とした人柄」のバランスが少し悪く、ミステリとして少し「甘いところ」があるけれど、お楽しみは充分。
 とても面白い。シリーズ化しているようなので、まずは、この1から読んで欲しい。

 主人公は、猟区管理官で、ワイオミングの山岳地帯を受け持っている。「ワイオミングの山岳地帯」なんてのがアメリカ人にはいい感じなんじゃないか。その区域の中で禁猟期間に猟をする者がいないか見回ったり、猟期には猟で狩っていい頭数が守られているか確認したり、殺してはいけない動物がちゃんと保護されているかといったことを管理する。そのために山歩きするのが仕事である。
 現代小説でありながら、西部劇風の味付けというか、「本格的というより、本物の」アウトドア生活が盛り込まれている。車で入れない山の中に向かうときは、「本気の」キャンプの準備をして行くわけだし、場合によっては馬に乗って森に入ったりという具合。ライフル銃を持って、携帯食料を持ち、寝袋と水を用意して孤独な仕事に出ていく風情、これがなかなかいい。
 こういう気分が、アメリカ人にはたまらないのではないだろうか。かすかに開拓時代を彷彿とさせる。
 で、主人公はこの管理官になり立ての男。妻と二人の娘がいる。
 こういう家族構成を知ると、ミステリ狎れしている私のような読者は、あとでこの娘たちが「主人公の足かせ」になってしまったりする場合があるな、と予想したりするのである。シリーズものには必ず一回は、主人公に恨みを持ち、家族を人質にする犯人が登場する。今回がそうだということではない。「幼い子供が人質にされる」、これがミステリの読者である私にとって、一番苦しい情況なのだ。
 また、主人公の妻は、夫にもっと収入のいい生活を望み、街で会社勤めをして、バリッとした生活をして欲しいと考えている。今の暮らしを理解しつつも、その気持を夫に隠してはいない。特にこの妻の母親が、田舎暮らしの嫌いな人物で、社交好きで街暮らしがやめられない。これまた、そう思っていることをまったく隠さない。野暮ったい仕事をする義理の息子がじつのところかなり気に入っていない。
 しかし、主人公は、この職業に就くことを希望してついになりおおせたのだから、この「自然と接する機会の多い」、ゆったりした生活をやめたくない。妻もこの生活が嫌いではないのだが。
 しかし、妻の望む収入と生活スタイルを思い、「かなえてやりたい」と気持ちが時折揺れる。この辺が、主人公が負わされる「重荷」というところ。
 独立心のある確固たる男ではあるし、思慮深い。ただ、人の気持ちを思いやる優しい性格が、時に山の中での行動に災いしてしまうことがある。人も、動物も自然も傷つけたくない人間にとって、瞬時の判断で銃を撃たなければいけない事態は、苦手ということ。
 しかし、主人公は管理官の中で銃の腕が抜群ということになっている。ある条件下の標的の射撃では抜群の腕前だ。

 猟区管理官になってまだ日が浅い時期に、山の中で捕まえた「悪さすることで有名な男」を銃で制している時、相手が案外素直にいうことを聞くものだから油断してしまい、自分の銃を奪われて屈辱を受ける。罪を罰することもできなかった。
 海千山千のその男にとっては、純朴な猟区管理官を騙して銃を奪って脅すぐらいのことはやすやすできてしまうのである。
 その男が、酒場でその話を繰り返したので、その一帯の誰もがそのことを知ってしまう。これが大きな汚点、というよりこの汚名がつきまとっている。
 真面目に仕事をすることは知られているが、本当はそうでないにもかかわらず間抜けぶりも知られてしまった。賢い人間だが、修羅場に強いとはいえないと、思われてしまっている。
 そして、殺人事件が起こる。

 主人公の銃を奪って、屈辱を与えた男が、殺される。もちろん主人公が犯人ではないと読者はわかっているが、前に書いた事情がからみ、疑われたりもする。誤解が解け、新たな死人が出て、主人公は山の中の探索に出かけることになる。
 なかなか殺人の動機がわからない。

 主人公は、猟区管理官になって、日々様々なことを理解していく。
 自分たちは自然を守ることを基本に、絶滅危惧種を救うことに力を尽くしたり最大の努力をしている。その一方で、なまじ希少動物が見つかったり、天然記念物に属す動物が発見されたりすると、国から調査官が来てその調査がすむまで「開発」が止められるばかりか、貴重な生物の棲息地域と決まれば、開発そのものが禁止されてしまう。開発にかかわる者も、猟で生計を立てている「順法者も、無法者も」困るのだと知る。
 生き物を大切にすることが案外単純ではないと知らされる。
 そうしたことから、徐々に事件の糸口が見えてくる。

 大自然の中での銃撃戦、父と娘の愛情、小さな生き物を守ろうとする人々とそんなものにまるで関心を示さない人々。人の欲望や、誇り、日々の生活、安穏を願う当たり前の心情、アメリカの田園地帯の生活。いわば自然派のミステリに必要なものが全部、とてもうまい配置でおさめられ、味わいも満点。


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