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文庫本読書倶楽部
112
くらがり同心裁許帳

くらがり同心裁許帳 112 くらがり同心裁許帳

井川香四郎 著
ベスト時代文庫
時代小説・人情系

投稿人:コダーマン ☆☆ 04.06.29
コメント:ほのぼの面白い、この感じがなんともいい


  いつも顔を出している書店の入口近くに、よく売れている時代小説の文庫がズラリと並べてある。そこの若い店長と親しくしていて、新しい作家を読んでは、これは売れるの、これは味が薄いのといって「本が売れない時代に本を売ってやろうと」一緒に考えている。こういう客を大切にしてくれるのがうれしい。他の書店では評判にならない本を、上手に売ってしまうなかなかの腕の持ち主なのだ。新人作家の発掘というより、小説好きが「こりゃ面白いや」といいそうな、地味だけれど味のある本を探して、さぁどうだ、というのが楽しいのである。
 その店長が、これ面白いといっていました、といった。信用して買った。私以外にも何人かの本好きを相手にしていて、色々情報を集めている。タイプの違う読み手何人もが面白いという本は、広く読まれる可能性がある、ということだ。

 奉行所に「くらがり同心」などという正式な役はないが、すぐに事件が解決せず捜査が長引くと、解決のめどを立てずにずっと調査を続けるという意味で「永尋・ながたずね」という扱いになるそうだ。そう、この小説の中では書いてある。それが創作なのか、実際江戸時代の奉行所の規則にあったのかはわからない。その多くは迷宮入りになるので、くらがりに入ってしまうというニュアンスである。
 この小説の主人公は、その「永尋・ながたずね」になってしまった事件の書類を扱う担当。奉行所のいわば資料整理係で、陽の当たらない場所におかれた同心である。
 主人公の設定がうまいと思った。剣の腕が立つ主人公だの、大藩や旗本の次男坊、あるいは幕閣の人間の妾腹の生まれなど、どこか結局は権威的な匂いがする主人公ではなく、うだつの上がらない主人公がじわじわ事件と取り組んで、ほっとする解決を見せてくれる時代小説が楽しい。「封建制度の矛盾だの、身分違いの悲劇だの」は重い。ハピーエンドの時代劇が好きになってきた。といってテレビの水戸黄門のような展開を望んでいるわけではない。それでも、同心という役人ではある。
 あの事件はどうなったんだと、繰り返し捜査の進展を尋ねてくる人のことを考えて書類を当たってみたり、書類を整理している途中で「これは変じゃないか」と思った事件を調べ直してみたり、という話の展開。剣の達人でもなく、図抜けた推理力でもない。しかも、大した役についているわけでもないから、軽んじられている。しかし、主人公は適度に明るく、飄々としていて、少しずつ実績を積んでいく。この小説、設定の良さがポイント。キレと人情の併せ味がしっかり出続ければ、楽しいと思う。
 「ベスト時代文庫」というのは、KKベストセラーズの文庫である。


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