cave's books
文庫本読書倶楽部
111
憤怒

憤怒 111 憤怒

G.M.フォード 著
新潮文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 04.06.24
コメント:こういうのが「面白い」ミステリです


 ミステリ・ファンなら知っているかもしれないが、この本は「ウソ偽りなく」三つ星。
 実は、翻訳ミステリを読む「体力と気力」を失いつつあって、「これは!」と見当をつけた本は買ってあるものの、なかなか読み出せないでたまりつつある。今は、各社が続々繰り出してくる新書が面白くて、通勤のバッグには新書が二冊入っている。今読んでいる分と、次の分だ。

 最近、ほとんど500ページに届くかという翻訳ミステリは、読み出すときに大きな決意が必要になる。心の深呼吸が必要だ。自分の好みを心得ているので、翻訳ミステリはほぼ外さなくなっているとはいっても、主人公をしっかり追いかけていくと、精神的にかなり大きな負担になり、辛く苦々しい状況を主人公とともに乗り越えていく必要が出てくる。その負担が、言葉通り負担になってきて、「面白いに違いない」と感じていても通勤のバッグに入れないことが多くなってきてしまった。

 その重荷を乗り越えて、これは面白いだろうと読んだのがこの本、抜群に面白かった。いつも思うのだが、新潮社には「目利き」の読み手がいると思う。シリーズ化されていて、二冊目も手に入れた。もう少ししたら読もうと思っている。
 この本をきっちり読んだことで翻訳ミステリを「まだ読めるなぁ」とやや自信回復、である。もっとも、本が面白かったからスイスイ読めたのだと思う。
 
 読み始めると、出会ったばかりの主人公が、重荷を背負わされている。
 主人公は優れた新聞記者で、彼が書くコラムが載ることでその新聞の売り上げが伸びるほど注目されている。しかし、彼はかつて「書いた記事が捏造だとされて、その記事が載った新聞が訴えられ、莫大な賠償金を新聞社が払い、本人はまったく何も弁解しないで叩き出されてしまった」という過去を持つ。この裏事情は、この本では明かされないが、そのうちそのことをテーマにした一冊を書くのではないかという感じを漂わせている。

 さて、大都会の大新聞から追われた有能な記者。今はスキャンダルを引きずる記者となってしまった男を、「本当はしっかり書ける」人間だと信頼して、コラムを持たせている新聞がある。シアトルの新聞で、今主人公はその土地に暮らし、その新聞に書くことと、ノンフィクションをまとめた本で暮らしている。そのノンフィクションではベストセラーを出していて、有名人ではある。それでも何かといえば、あいつは記事を捏造した奴だ、といわれ続けながら、じっと沈黙を守り、記者として仕事を続けている。渋い。

 シアトルでは、連続レイプ殺人事件が発生して、その犯人とされる男が掴まり、あと6日で死刑が執行されるという時期が来ている。
 そういう時期に、主人公に会いたいといって一人の女性が新聞社にやってくる。彼でないと話はしたくない、というその女性は、連続レイプ殺人事件について証言し、あいつが犯人だといった女性である。
 しかし彼女は、自分の証言によって殺人犯人とされた男は、実は犯人ではないと言い出した。私の証言は偽証だったという。犯人とされてしまった男は、これまでの犯罪歴のせいもあって、地元で嫌われ、世間の嫌悪を集めているような男ではあるのだが、主人公は「冤罪」ではないかと思う。そのことを確信する。これまでの事件の調書を改めてしっかり読み、関係者の多くに直接話を聞きに行き、細部をみていくと、今犯人とされている人間の犯罪とは思えない。そういうことができる男ではない。
 しかし、「今になって」冤罪だという記事を書く人間としては、過去に捏造した記者という立場が壁になる。今度の事件に関しても、女性の偽証についてもなかなか思うように記事を書かせてもらえない。それでも、編集長や社主が「新聞社の命」をかけて、主人公に、この事件の現状を連載記事にして進めろということになる。

 ミステリに時々ある「死刑囚もの」の一つといっていい。死刑執行の期日がはっきりわかっていて、それまでに無罪の証明をしないと、消えなくていい命が一つ消える。免罪であることの証明でも、真犯人を捕まえることでもいいから、まず死刑執行を止めなければいけない。
 これが、間に合うだろうかというハラハラがある
 検察や州政府などは、女性を殺した悪人を正義の名の下に裁くことで点数を稼ぎたい。今さら冤罪とわかって、裁判が根底から覆されたうえに、真犯人を改めて探し出さなければいけないはめになるのは避けたい。
 一方、連載はセンセーショナルな記事になることはわかっていても、あの記事を書いた男は前に捏造記事を書いたような奴だといわれることは目に見えている。それによって、記者自身と新聞社の信用の失墜を狙う者達もいる。勤め先の新聞社の中にも足を引っ張る者がいる状況で、記事の執筆開始。
 同時に、真犯人は誰なのかも自分たちで追及しなければいけない。

 主人公はまったく多くの負担を強いられるのが普通である。なんの枷もない主人公というのはいないが、この主人公に与えられた負担は軽くない。捏造したとされる昔の仕事も、その記事の対象になった大物の差し金で「捏造ということにされた」らしいと読者には感じ取れる。

 ミステリの約束があるので、あれこれ書けないことが多いが、死刑囚についての結論が出たあと、まだ多くのページ残っている。そこに真犯人探しの意外な結末が詰まっている。
 年間のミステリベスト10などがあげられるが、これは去年かなり評判になった作品らしい。全然それを知らないで、ある編集者に連絡したら、注目の作家だと教えてくれた。名前をよく見て欲しい「G.M.Ford」だよ。本名だという。


文庫本読書倶楽部 (c)Copyright "cave" All right reserved.(著作の権利は各投稿者に帰属します)