ヤドカリと磯の生き物の飼育

20話
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4年目のヤドカリタンク 〜不思議の迷宮・ライブロック〜

↑暑くなると、どうも元気がでないんだわ。


 海水棲生物の飼育は淡水に比べて難しい、と良く言われる。そうなんだろうな、と納得はするがピンとは来ない。海の生き物を飼育してはいるが、何か「ヒラメク」ということがほとんどない。これはわたしに海との馴染みが少ないせいだと思っている。少年時代を京都市で過ごしたわたしは、学校の帰り道に磯や浜に道草をして、じっと海面を眺めていたというような経験がない。まあそのぶん、雑木林や竹林、たんぼや川池に通っていたわけだが、子供の頃に、殺戮を重ねつつ体得したものは、オヤジになってからも何らかの「勘」を植え付けてくれているのである。

 わたしの小学生時代といえば昭和40年代の前半なのだが、当時の交通事情では、京都から海水浴に行くのがかなり大変だった。候補地は大抵、丹後半島・若狭湾か志摩半島・伊勢湾で、鉄道・クルマともに半日ほどの移動時間が必要だったように思う。自分が親になってみてよくわかったけれど、交通や貧乏などの事情はあっても、年に一度くらい、子供を本物の「海」に触れさせておきたいというような気にはなる。わたしの親も同じだったようで、クルマもお金も無かったにもかかわらず、ひと夏に一度は、海へのプランをたててくれてはいた。「浜」へは、親戚のあった三重県津市の「阿漕浦」。「磯」へは、民宿を利用して丹後半島の「間人(たいざ)」へ、知りあいの旅行に便乗させていただいて、夏ごと交互に訪れていたと記憶している。

 当時の日本はそれこそイケイケで、新幹線は作るは名神は通すはオリンピックも呼ぶは、で皆必死の頃である。地球温暖化のチの字もなく、ガボガボ廃液たれ流し。初めて行った伊勢湾の浜は、重油とアカクラゲの死骸で泡立ち、今と比べても相当ひどいものだったと思う。さすがにプラスチック製品のゴミだけはほとんどなかったが。道中の6時間あまりも、庶民のクルマにエアコンなどとんでもなく、その代わりの「三角窓」があった。こいつを自分の体に風が当たるように調整しつつ目的地へ向かうのだが、飛び込んできたミツバチに腕を刺され、発熱した思い出もある。まあそうやって海には接していたものの、意識は「自分のテリトリー外」というわけで、そこで見つけた海の生物を手元で飼育する、などとはついぞ考えなかった。また、当時の交通事情では、わが家に持ち帰るまでに大抵は死んでしまうのであった。

↑生ワカメは早く喰わなきゃ、ゴカイに砂中に引っ張って行かれてしまう。

 にもかかわらず、現在「ヤドカリタンク」一本を有することになってしまっているのは、ガキどもの「謀反」による、やむなくの結果なのだが、もう4年もやっていながら、いまだに「おっかなびっくり」である。その道に詳しい方々のサイトには、亜硝酸、ヨウ素殺菌、硫酸銅、ベルリン、等々の難解用語が飛び交っているのだが、そこに踏み込んでゆく元気はない。というより金魚の方で手一杯で、そちらに気を回す余裕がないというのが本音。だから、海水のほうは淡水にも増して「シロート」なのであり、そこに棲む小さな生き物たちの行動には、ただただ驚かされるばかりなのである。

 そのヤドカリタンク、水量は10リットル少々のデスクボーイ水槽で、濾過装置もミニ水中ポンプとサンゴ砂による底面濾過に、エアー式の「ローターS」だけである。人工海水を作るときに塩素中和剤とアクアセイフを入れるだけ。海水専用の添加剤や薬剤は全く持っていない。というより、何を使ったら良いのかも知らないくらいなのだ。しかし、知識はないが、ある程度の常識はわきまえているつもりで、海水魚は入れない(一番はじめだけは入れてしまったが)ことと、人工海水をまめに換えてやること、の2つだけを守るようにしてきた。なので、タンクの中に棲んでいるのは、いわゆる「掃除屋」と呼ばれるような生き物ばかりである。だからたとえ「白点病」などが発症していてたとしても、全然気がつかないのである。

 そういう杜撰な飼い方をしているせいか、今まで、海の小さな生き物の一個体が3年以上生き永らえたためしはない。海のヤドカリに関して言えば、冬の間が最も元気で、初夏になると一斉に弱り始めて次々と死んでしまう。その時期をなんとかやりすごした個体は、また夏から元気をとり戻すけれど、その次の初夏(2年目)にはダウンしてしまう。昨夏30数匹いたユビナガたちも、春先には10匹前後に減り、いまは数匹が残っているのみで、しかも全く元気がない。水温の上昇が影響しているのかもしれないが、わたしは生殖期のサイクルに原因があるのではないかと疑っているところだ。

 水質に関して言えば、比重のチェックをしているほかは、定期的に海水換えをすることでクリアできていると思っている。ただ、ひとつ気になっているのは、ゴカイの野郎どもである。前回のレポートに載せたように、バチ抜けしてヤドカリに食べられてしまったので、もはやいなくなったものと思ったのもつかの間、知らぬ間にドンドン殖えているのであった。底面濾過の底砂中の汚物を取り除くのに、金魚用の古いプロホースを短く切り詰めたものを作って使用しているのだが、その掃除の時に垣間見た様子では大小4〜5匹はいるようなのである。そして春先には、巣穴から尻を出して大量の精子を連続放出するのだ。これが一回10分ほども続き、わずか10リットルの海水は瞬く間に全面真っ白に濁ってしまう。30分もすると底面濾過が効いて、もとの透明の飼育水に戻ってくるのだが、あれだけ大量に出されると、水質に影響を与えないはずはなく、春からのヤドの衰弱に一役買っていることも考えられる。

↑「手前生国と発しまする処、ライブロックでござんす」
二代目の忠治だが、こんどのは毛深い奴だなあ。(04.06.09撮)

 この春、金魚の水カビ病を根絶しようと、効きそうな魚病薬を物色していた折、ある店でライブロックが目に留まった。いかんいかんと思いつつも、なにか湧いてくるのではとの魅力に負けてしまい、とはいえ持ち合わせに余裕がなかったので、赤ん坊のこぶし大の小さいのを2つばかり、数百円で買ってしまった。これをヤドカリタンクに放りこんだが、金魚に振り回され、十分な観察もしないままになっていた。ユビナガホンヤドカリどもは、好んでこの上に登り、一生懸命ツマミ食いをしていたようなので、まあ、餌になりとなれば良いか程度に思っていたが、やはりなにやら湧いてきていたのである。

 初期には、白い3mm程度の楕円形の虫が、たくさんガラスを這いだした。続いて、地面にいるダンゴムシに似ているものも出てきた。これも3mmくらいの灰色の虫である。これらの生物は、数週の間に見られなくなったが、先住の掃除屋連中に喰われてしまったのかもしれない。その後小さなヒドラのようなものも出たが、2か月ほどすると、カニが出現した。最初は米粒大の毛むくじゃらで、岩の隙間に隠れて出てこなかったので良くわからなかったが、サンゴ砂の上に甲長4mmほどの脱皮殻が落ちていたので、いるのが確認できた。このカニは先日2度目の脱皮をし、今は甲長10mmほど。先代の「忠治」のようにサンゴ岩の底部に穴を掘って居座り、ヤドの餌を横取りしてブイブイ言わせだした。その後同種のカニがもう一匹、出てきた。こちらはまだ米粒大である。小さいので、故郷のライブロックの隙間に住み着き、いまだ遠出はしていないようである。白浜の「忠治」はヒライソカニだったけれど、このニューフェイスたちの種類は、わたしにはまだわからない。

 この夏も、子供たちを海に連れていくことになれば、また住人が増えることになるのだろうが、何も居ない、海水タンクにライブロックだけ入れて、湧いてくる生き物を観察して愉しむ、というのも趣があって良い。あんな小さな岩屑の隙間に、カニの幼生が潜んでいるなんて、まったく愉快じゃないか。

←ユビナガホンヤドカリは、夏が近づくとともにどんどん弱って数が減ってしまう。毎年のことだが、原因がよくわからない。
←ライブロックからは、なにやらポリプのようなものも発生。見ていて飽きないなあ。(04.06.15撮)
←ゴカイはサンゴ砂にトンネルを張り巡らせて、通路にしている。エサが入ると、その真下に一目散に移動する。
←ピンク色に色気づいてリピドー最高調のゴカイ。繁殖期たけなわというところ。後部にいたっては、精子でパンパンに膨れ上がっている。(04.05.08撮)
←リピドー全開のゴカイは、穴の開口部からイッキに精子を水中に放出。10分ほど途切れずに続くので、水槽はミルクを注いだように真っ白になってしまう。(04.05.18撮)
←ライブロックから湧いてでてきたカニ。すでに2度の脱皮を終え、甲長は1cmほどに。先代「白浜の忠治」にちなんで、二代目○○の忠治としたいところだが、このライブロックは、どこ産なのだろう? 店員に訊いとけばよかったなあ。(04.06.15撮)
↑二代目忠治に続いて子分も発生。まだチビである。仁吉にしようかな。
ライブロック右上の方にも、何か茶色の生物が顔を出している。(04.06.16撮)

↓「ま、もうしばらくすりゃ、この水槽はオイラの縄張りになるぜ」
2004/07/03 (Sat)

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