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文庫本読書倶楽部
77
岸和田のカオルちゃん

岸和田のカオルちゃん 77 岸和田のカオルちゃん

中場利一 著
講談社文庫
バイオレンス笑説

投稿人:cave ☆ 02.06.13
コメント:面白いけど、浅くてねえ……若者向き?


 会社を辞めて通勤というものをしなくなったら、あらあら、読書をする時間がなくなった。もともと活字中毒だから、常に読み物を携帯していないと落ち着かなかったのだが、今は本を開くと逆に落ち着けない。「おい!本なんか読んでる場合か!」と、もう一人の自分から声がかかる。とはいえ活字中毒が治ったわけでもなく、新聞などは以前より細かく読んでいる。要するに、失業という非常時に娯楽のための読書なんぞしてないで、稼ぐための勉強をしろという強迫観念に包まれているのである。
 そんなわけでここふた月ほど、文庫から離れてしまっていた。ところが先日、実用書を物色するために本屋に寄ったら、特に読みたいと思ってもいなかった文庫を数冊拾い上げて買ってしまった。禁断症状による盲買いだ。禁読が長かったから仕方もあるまい。そのなかの一冊がこれ。

 著者の自伝的小説「岸和田少年愚連隊」シリーズは、著者自身がシャブ容疑で逮捕されたり、吉本でシリーズ映画化されたりして話題になったので知ってはいたが、実際に読んだり観たりするほどの興味は抱かなかった。まあ、こういう偶然のキッカケで普段読みそうにない文章に触れてカテゴリーが拡がるのも良いだろう…。というわけで、著者の前後作や映画の知識もないので、本作単独での感想となる。読み違いはご了承を。
 わたしは実録(ノンフィクション)系のバイオレンス/ピカレスク物、それも和物をそこそこ読んでいるほうだと思う。小説臭の強いものでも、実在の暗黒界の大物が登場してくると、シリアスさが増し、引き締まってきて、「カタギでない」世界を覗き見する好奇心が満たされる。有名な愚連隊の生き様伝やヤクザ抗争のドキュメントなどがそうだ。

 この作品は著者の他作で重要なアクセント(脇役)になっていた強烈キャラクター「カオルちゃん」を主に据えて一冊にしたもので、そのせいか強烈さが評判ほど伝わってこなかった。まあ、怪獣映画や恐怖映画では、ここぞ!というときに化け物が出てくるから面白いわけだが、いうなれば本作では全編ゴジラが登場しっぱなしなワケである。したがって他作からのファンの方にとっては「サービス編」の感覚で楽しく読めるのかもしれないが、初回のわたしにはあまりピンと来なかった。
 さてその「カオルちゃん」、泣く子も黙る岸和田の最強男だそうな。その尋常じゃない暴れ者ぶりには、ヤクザも機動隊も道を譲るというバイオレンスものなのだが、作品全体は、色気もなく、ペーソスと笑いを強調した「子供向き」の解りやすい仕立てになっている。周囲で作者の分身である愚連少年たちやペテン師などのドタバタ劇が展開していくが、これはもう読み物より「コミック」の世界に近い。読み始めからいきなり、どおくまんの「花の応援団」の絵が浮かんできてしまい、最後まで振りきれなかった。泉州と河内の違いこそあれどちらもディープ大阪であるから、全国的視点から見ればほぼ同じ印象で捉えられているのではないか。
 「カオルちゃん」の、ヤクザでもなくチンピラでもなく、ただの「めちゃ強い遊び人」という設定は、不気味な人物像を増幅させてはいるが、キャラクターの動機や目的が闇に包まれて、現実味を薄くしてしまっている。「強い男」「悪い男」には魅かれるが、そのウラにある「ワケ」が少しずつ明らかになってゆくところが、読者にとって面白いところなのではないか。「ゴルゴ」にしたってそういう設定である。「なんでそんなに強いのか?」「なんでそんなことをしているのか?」ここが興味のポイントであるのだが、その点、「カオルちゃん」は、ただただ、強く、ただただ、暴れ脅すのである。(しかし映画化で俳優に演じさせたらしいから、イメージ的にはモトもコもなくなったように思うが…。この点はゴルゴも同様)
 作者によると、作品は小説だから物語だが、「カオルちゃん」には実在のモデルがいて、この小説のキャラよりさらに「激しい」ヒトなんだそうである。恐るべし、だんじりの岸和田! わたしは関西にいながら当地は今まで通過したのみである。こんど恐る恐る行ってみなければ……。
 しかし「岸和田のカズヒロちゃん」(G番長)でもそうとう説得力があるからなあ。「カオルちゃん」の実在を信じないわけには行かない。いきなり2mレスラーみたいな化け物を想像してしまうが、本当に強いヤツって、たぶん見かけは普通なんだろな。眼光とかは違うにしても。
 コミック好きの若者には面白い作品なのであろうと思う。おっさん(わたし)にはかなり浅かったが。


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