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文庫本読書倶楽部
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江戸は廻灯籠

江戸は廻灯籠 31 江戸は廻灯籠

佐江衆一 著
講談社文庫
時代小説

投稿人:コダーマン ― 01.02.22
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 この作家、佐江衆一は純文学を書いていた人で、かなりかっちりした作品を発表していて好きな作家だったが、地味だった。純文学は読む方にも心の負担が大きい上に、地味と来てはなかなか売れないのが当たり前、という状態だった。ところが、どういう変化があったのか娯楽小説を書き始める。元々実力があったところに開放感も混じったのか、楽しませようという力が十分発揮できることになったか、評判になるような小説を次々に出すようになった。
 純文学から娯楽小説に移る、という言い方自体が変で、純文学だって所詮「娯楽の一部」であり、娯楽小説にだって「人の普遍的な在りようが」描かれることがある。とはいっても書店の棚では、商品としての扱いが変わってしまう。
 それはそれとして、この一冊は、気持が温かくなるような連作小説で編まれている。時代小説、それも江戸時代ものとなると、侍では武士道ゆえに苦しむ姿、世話物では身分を越えられない恋い、あるいは流れ者の無惨な最期、という、読む前に辛くなるようなスタイルがあることはある。しかし、時には、ほっとする時代小説が読みたくなる。困ることが起きて、何とか解決して、出てきた人が日常の生活に戻っていくというような、庶民の暮らしはこうして続きました、といった小説だって欲しい。この一冊がちょうどそれであった。
 大工が出てくる。仕事場で屋根に上がって見下ろすと、隣の空き地で武家の親子が剣術の稽古をしている。初めの話が、大工に絡んだ人情話で、どうも落語に題材をとったような「悪い人が出てこないけれど困ったことが起きてしまう」という類のホロリとさせる話。さてと、次にかかると、大工の棟梁が屋根から見下ろしていた武士一家に焦点が当たる。ははぁ、この小説集はそういう風に「廻灯籠」なんだと気がつけば、あとは話に身を任せてゆっくり江戸の暮らしをのぞき込んでいればいいという具合。職業も色々、身分、暮らしぶりもいろいろで江戸五目世話物小説だが、どれもしまっている。なだれていくことがない。前の話しに出てきた誰かが次の話の主役を務めるという具合なので、話がそうそう遠くにはいかない。その塩梅も読んでいて心地よい。町内の人たちと知り合いになっていく気分、これが落語長屋の人々と近しくなっていくのと似ている。その中の一人になりたくなる。江戸はいいなぁ、と思わせる小説、小粒かも知れないがこういう小説が本好きを喜ばせる。ハードカバーで出たときから読みたかったが、やっと文庫になってそそくさと読んだ。読んでよかった。もう少しゆっくり読めばよかったと思わせる類の本ではある。


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