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文庫本読書倶楽部
124
損料屋喜八郎始末控え

損料屋喜八郎始末控え
124 損料屋喜八郎始末控え

山本一力 著
文春文庫
時代小説

投稿人:cave ☆ 05.07.20
コメント:人の描き方が希薄なのが残念。


 このところ、滅法メディアへの出現量が増えた02年の直木賞作家、山本一力のデビュー作で、この文庫には四編が納められている。単行本ではすでに続編や別話編が出ているようだが、私は『文庫専読』なので、本シリーズはこの一作のみしか読んでいないということをお断りしつつ。

 現代の人物やその生き様を描こうとすると、さまざまな瑣末な要素を加えなければならないが、時代小説は昔の事だけに、読み手が経験上引っ掛かる事柄も少ない。なので、煩雑な部分を切り捨て「実」の部分だけで描いていっても大して違和感が生じない。そのぶんシンプルに、素直に物語に没頭してゆける。ここが時代小説の愉しいところだ。
 作家達は、舞台となる時代設定と主人公の職業や周辺環境をいろいろ工夫して、新鮮な物語を提供しようとする。その多様な切り口がまた愉しいのだが、訳あり浪人を筆頭に、木戸番、特殊同心、公事宿などその他さまざまな職業設定の物語が生まれ、ニッチを埋めてゆく。読者はどんどん江戸の新しい知識を増やすことができる。その意味では、この損料屋という職業のキャラクターも新鮮だ。

 この作品は、田沼意次バブル弾けしあとの、「白河の清きなんたら…」でお馴染み寛政の改革、松平定信引き締めの御時世、旗本・御家人の借金をチャラにするという超理不尽お触れの棄捐令に狼狽える札差業界に焦点を当てた設定になっていて、主人公の喜八郎は、元同心であり、頭の切れるワケありの始末師として、周辺に起きるさまざまな事件・問題を解決してゆくという役回りだ。
 この時期の札差と言えば、巨額の富を持つもはや「公務員金融業者」であり、そりゃ悪いことを企む輩もたくさん居ようぞいか、という業界なので、そこからは善悪はじめ多種バラエティに飛んだ筋書きができてくる。本作でも、棄捐令のあおりで潰れてゆく札差を吸収し、さらに巨大な富を得ようと企てる大店の陰謀を中心に展開してゆく。また舞台となる深川を中心とした江戸の歳時もしっとりと描かれている。

 さて、喜八郎の生業である「損料屋」は、今で言ういわゆる「レンタルショップ」らしい。庶民に鍋釜などを貸して賃貸料を取る商売である。喜八郎の名目稼業なのだが、タイトルにでーんとある割りに、この作品では、ほとんどその必然性が感じられないし、その仕事自体が物語に絡んでくることもなく、さらりと説明があるだけだ。次作以降には重要になってくるのかもしれないが、せっかく新種の職業設定をしたのだから、もっと深く掘り下げて、話題に絡めて欲しいものだと思った。

 各話の構成や話の展開は、よく計算されているのだが、登場人物の「人」の描き方がずいぶん希薄に感じた。立場や容姿、能力などはわかるが、内面部分が浮かび上がってこない。主人公もヒロインも脇役も悪役も、ソツなく動いてはいるのだが、読み手が深く感情移入するに至らない。どのキャラクターもえらくアッサリした人物に見えてしまう。多少はストーリ−の本筋から脱線しても、もっとねばっこく、キャラクター一人一人を掘り下げて描く枚数を増やして欲しい。そのあたりの期待をこめて、次作以降の文庫化を待ちたいと思う。


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