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文庫本読書倶楽部
116
快楽通りの悪魔

快楽通りの悪魔 116 快楽通りの悪魔

デイヴィッド・フルマー 著
新潮文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 04.10.19
コメント:肌の白い、黒人探偵の心の葛藤がいい。本当にいい


 どうしてこんなにひどい書名にするのだろう? とあきれ果ててしまった。私も含めて、ミステリ・ファン何人かの意見では、そうだった。
 「快楽通り」が恥ずかしい。これのせいでしばらくこの本に手を出さなかったのだから。Chasing the Devil's Tail が、快楽通りの悪魔になってしまう。

 舞台は20世紀初頭のニューオーリンズ。主人公は一見白人に見えるが、実は黒人の血をひく男。人種差別盛んな頃のニューオーリンズではある。この辺に興味を持った。
 それと、『アメリカ私立探偵作家クラブ賞』を受賞しているというのを信用した。
 なかなかいいミステリだった。
 探偵の誇りが感じられたし、構成のしっかりした小説を読んだ満足感が残る。

 州議会議員でありニューオーリンズを実質的に支配している人物に、探偵は雇われている。街の警察も、暗黒街の者達も娼婦の元締めも一目おく「大物」の存在が大きい。
 主人公は探偵としての能力にも優れ、腕力もあり、鋭い。「大物」は彼の能力を買って雇っているのだが、探偵の「血の秘密」を知っている。あからさまにそれをばらすぞと脅すようなことはしないものの、探偵を利用するために時にそれをほのめかすことはある。お前は俺の庇護の元にいるから表だって差別を受けないだけで、俺の一存でどうにでもなるんだぞという態度は隠さない。
 これがなぜ重要かというと、その頃の人種差別は厳しく何段階にも別れていたという。白人同士の親から生まれた白人、それもヨーロッパ系を頂上にして、黒人の血の混じり方によって何段階にもわたってあっちが上、こっちが下という差別の階級があったと書いている。事実そうだったのだろう。ヒスパニックとの混血にも、ヒスパニックの国がどこかによって区別があり、あるいは黒人の血が何分の一かによっても上下があるわけだ。これが街全体の人間関係の背景にある。確認できなくても、ヨーロッパの貴族の血をひいているといえば、黒人との混血である人間には、頭が上がらない部分がある。そういう街なのだ。
 そして、大物が支配しているこの街で娼婦の連続殺人事件が起きる。

 おぞましい殺され方をしていることもあって早く犯人を捕まえたい。「大物」にしてみれば、自分の地元でそういう事件が連続して起きては沽券にかかわる。政治的にも、暗黒街の顔役としてもみっともなくて我慢できない。警察が見つけるより先に探偵が事件を解決してくれなくては、金を払っている意味がないと圧迫する。探偵であるだけで本来警察権はないのだから、白人の警官の中で探偵は仕事が非常にやりにくい。大物が警察に口をきいてくれていて、殺人現場を見ることができるようにはなるものの、常に警察官に悪意を向けられている。

 最初の殺人が起きたあとすぐに、探偵の幼なじみのコルネット奏者が「犯人だ」とされる。奇矯な行動をし、酒におぼれ、ただ一つコルネットを吹き始めると街中の人を熱狂させる男である。これがジャズの生まれた街のニューオーリンズという雰囲気をたっぷり出してくれる。探偵は、この幼なじみが犯人であるわけがないと信じて「別の」犯人を捜し回る日々。とはいっても、街の人間にしてみれば、そいつが絶対に怪しいのである。
 連続殺人は止まない。状況証拠ではコルネット奏者が犯人ということが固まってくる。なにしろ殺人事件のあった娼婦館にいつも顔を出しているのだ。そして、大物が望むように短時間で犯人を捜し出せないでいるうちに、探偵は解雇されてしまう。
 「私のところが駄目でも、他にも仕事の口があるなんて思うなよ」であって、どこへ行っても探偵を雇ってくれるものはいない。大物がそうしてしまったのだ。そうした絶望的情況の中で、探偵の誇りを守るべく孤独な仕事を続けていく。
 探偵は、娼婦の館で出会った女と惚れあうのだが、彼女の仕事をすぐやめさせるほどの収入はない。それでもある日、彼女を自分のアパートに連れていくことを決意して、やっと二人の生活が始まる。そうした小さな暖かい二人の場所から、猥雑なニューオーリンズの街に探偵は毎日踏み出していく。それまで男を迎えるだけでよかった商売から、「主婦」になった女の戸惑いも悪くない。
 動機、アリバイ、遺留品、犯行の手口、少しずつ調べ上げ、探偵は自分に好意を寄せてくれている人々の助けを密かに受けながらついに事件を解決する。
 大物は、当然のように「私はお前を信じていた」というのである。
 話の初めから終わりまでピーンと張りつめた緊張感がある。そして、この作家は「まだ少年であるルイ・アームストロング」なども登場させて、ジャズの街の気分を醸しだしている。
 大人の気分があふれる、渋くて深い、全体が焦げ茶色の小説だ。


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