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文庫本読書倶楽部
103
或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)

或る「小倉日記」伝 103 或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)

松本清張 著
新潮文庫
社会派小説

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 03.10.11
コメント:今の時代に読むと特に味わいがわかる


 日本の「今の」現代小説を読む気が全然起きない。読むのは、時代小説一辺倒である。でも、良質の作品なら読んでみたいという気持はある。そこで、文庫本で松本清張の短編集を読んでみようと思ったのだ。
 日本の偉大な小説家の一人である松本清張を、私は多く読んでいない。
 長編作品を読む元気がない。基本的に、文庫本上下二冊という長さの本を読む体力が失われてきた気がする、それと、それだけ体力を使って読むに値する面白い本が減ってきた。ただ、長いだけ、というのが翻訳物にはかなりあるし、日本の小説にもある。
 これは、新潮文庫の、松本清張傑作短編集の一。
 この作家の人生をよく知っているわけではないが、貧しい境遇にあったとか、なかなか世に出ることができなかったとか、小説界の本流に認められなかったというような辛い人生を経験したらしいことは伝えられている。この傑作短編集に出てくるのは、まったくそういう人生を余儀なくされて、しかも最後まで光が射さない人生を生きている主人公ばかりであった。
 こうも暗い小説を書かなければいけないものか! というのが、最も強く感じた印象である。しかし、面白い。奥が深い。
 表題作は、芥川賞受賞作である。この作品からして、辛い終わりを告げられる小説で、長い間日本人がありがたがった「人間が描けている小説」とする、重い人生物語に仕上がっている。これは簡単に面白いというより、人間関係の苦々しさのみが前面に出ていて、読んでいて辛い。
 この一冊の中の作品は、新しい学説をその道の権威者である先輩教授に利用されてしまいその本人は世に出ないまま終わるだとか、下手な絵を描いていることが他の有名画家に素晴らしい刺激を与えるだけの存在とか、地方の歌壇で少し注目されて中央に出てみるがまったく認められない人の恨み辛みといった小説が集大成されている。

 そういう苦しみは、松本清張自身が「日本史」の研究をしたことで、たかが小説家の歴史好き程度が何をいう! という扱いを受けた感じがよく出ている。
 そういう気がしてしまう。
 巧みで緻密な小説だから、読んでいてひたすら重い。重い上に、時代の黒い雲がかかっているので主人公達の貧乏が続き、病んで死んでしまうという方に向かう。研究、修業、頑張りが報われるということがない。
 それが現実だと示したかったか、この作家には世間がそういう表情しか見せなかったか、構成がうまくできている分、読み終えて打ちひしがれる一冊ではある。
 しかし、報われない学者、歌人、芸術家の側の才能も、実際はそれほどのものではないと読者には知らせてある。また、中央にいる権威者が皆似非人種というわけでもないことも教えてくれる。世に出るには、才能と努力だけではなく、時代を掴まえ、ある種幸運にも恵まれないことにはどうにもならないのだ、という。
 面白くなければ途中で投げ出すのだが、全体、作品としてはみごとに上質。この作家が長い間日本の小説の中心を担うことになるのがよくわかる。
 今時のペラペラした現代小説を読むよりは、遙かに面白いのではないかと思う。おすすめです。


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