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文庫本読書倶楽部
82
昭和恋々

昭和恋々 82 昭和恋々―あのころ、こんな暮らしがあった

山本夏彦/久世光彦 著
文春文庫
エッセイ集

投稿人:cave ☆☆ 02.08.02
コメント:モノクロ写真が懐かしさを倍加


 ふたりの偏屈(?)名文家が、写真とともに「昭和」を振り返る連結エッセイ集である。
 趣向というか、構成がすこし捻ってあって、味わいが変化するので愉しく読めた。

 先発は山本夏彦翁。氏は大正4(1915)年、東京根岸生まれ。おもに東京の戦前の「昭和」について述している。文章に写真が添えられているのだが、この写真は現在(平成10年頃)のものである。氏が、戦前の昭和の面影が残っていると判断した場所にフォーカスをあてて綴られるかたちとなっていて、添付写真は当時の風情が残っているいわゆるレトロな現存物件である。大正の大震災と昭和の戦災に挟まれた戦前の昭和は、わたしが最も強く魅かれる時代なのだけれど、自分の経験のなかで実感できる要素がほとんどないので、まるまる想像の世界にならざるを得ない。山本氏の随筆と、それに添えられた「当時の残り香を伝えている」というお墨付き写真があるおかげで、想像するための貴重な資料が得られ、ありがたく思った。

 続く久世光彦氏は昭和10(1935)年東京生まれ。こちらは章が四季にわけられていて、歳時記のように、戦後〜昭和40年代くらいまでの風習やモノを語ってゆく。山本氏とは反対に、写真は当時のものが掲載され、キャプションのように短くて饒舌な文章が添えられている。この短い文章がまた上手い。さらり、と書いてあるのだが、わずかながら当時に憶えを残すわたしには、写真を見ながら昔に思いをはせると、ズシン、と響いてくる。

 そして最後に両氏の対談があり、デパートや寄席、映画館などの話題から、家庭での日用品や暮らし向きの変化などを語りあって終わる。この「昭和三色アイス」は、なかなか宜しい。

 わたしの印象に残った部分を挙げてゆこう。

 デパート。山本氏は日本橋高島屋に現存する、昭和8年製のエレベータをたたえ、改装されてしまった広く至れり尽くせりだったトイレを嘆く。久世氏は戦後、大食堂にあったマーク入りの分厚い湯飲み茶碗をポケットに入れて持ち帰った思い出を語っている。これは、わが家も同罪なのだけれど、どこの家庭にもあったのでは?あの湯呑み茶碗は。

 足踏みミシンが、懐かしい。退屈なとき、潜り込んで踏み板を動かしては、ベルトと弾み車が回転するのを眺めて遊んだものだ。抽出しにあったブリキ製の油差しも。久世氏は、「ミシンはたいてい縁側に置いてあった。どこの家でもそうだった…略…あれは、近所の人に、ミシンがあることを見せびらしたかったのだと思う。それくらいミシンは、近代的な姿だったし、軽快な近代の音がした」と始める。まさしく最新メカで遊んでいるという感じだった。見つかると叱られたけれど。

 下駄、風車(あんなにどこにでも売っていたのに、とんと見かけなくなった)、虫干し、行水、蚊帳、駄菓子屋、子守り(名前に《○○や》とつけて呼ぶ場合が多かった)、七輪、露地、などなど。このあたりは、わたしでも掛かる。

 最も印象に残った記述のひとつが、お正月。昭和十四、五年頃は、お正月の間だけ茶の間の電灯が六十ワットから百ワットに変わり、家の中が明るくなったというのである。わたしは昭和三十三年の生まれだが、自分の家で実際にやったかやらなかったかはともかく、この文章を読んで、お正月とはそういうものだったことを、ふいに思い出した。


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