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文庫本読書倶楽部
71
日本兵捕虜は何をしゃべったか

日本兵捕虜は何をしゃべったか 71 日本兵捕虜は何をしゃべったか

山本武利 著
文春新書
戦争ノンフィクション

投稿人:コダーマン ☆☆ 02.03.28
コメント:いまもアメリカにかなわない理由がよくわかる。


 捕虜になるぐらいだったら、死ね、という日本帝国軍の発想、ではなく、思想教育にそもそも大きな誤りがある。戦後世代には、なんと馬鹿な国だったんだ、と、呆れるしかない。馬鹿な国は、今も変わりないが。
 今の北朝鮮を本質的に馬鹿にできないのは、日本が今のあの国と同様に愚かだったからだし、それがついこの前のことなのだから、がっかり。

 さて、太平洋戦争が始まるとすぐに日本軍の事情を知るために、日本兵を捕まえたら様々な情報を引き出そうと試みたアメリカ。初めのうちはなかなか捕虜が掴まらなかったが、戦況がアメリカに有利になると、日本兵を捕らえる機会も増えて、日本軍の内情がわかるようになっていった。
 様々な点で理解不能だった敵の「日本人」だが、いざ捕虜にして、話を聞き始めると、日本兵は知っていることをボロボロと漏らしてしまうので驚いたらしい。はぐらかすとか、沈黙を決め込むということがほとんど見られなかったというのだ。
 捕虜になるなという教育ばかりしていたから、捕虜になった場合はできるだけ相手に手間をかけさせるようにし、敵に偽情報を流して後方攪乱を図るのが兵士の仕事であるというようなことも知らない。そういう教育が全くなされていない。これには、読者の私は苦笑するしかない。
 アメリカは敵に勝つために、武器でも優位に立とうとしたし、情報も可能な限り集めて分析して次の一手を有効にするという意欲がはっきりしている。情報を重視するという発想が、日露戦争を基礎にした日本陸軍には「呆れるほど」欠落している。
 私は、この前の戦争の話を読むたびに、この日本の、あるいは「日本陸軍」の情報軽視、戦略の分析能力の欠落ぶりには呆れるしかない。ほとんど絶望的である。
 つい最近、日本側も開戦時期からアメリカの暗号を解読していたことが公文書で確認されたが、その利用の仕方が戦略的ではなかったようだし、読み取った敵の情報を活かす組織的な能力に欠けていたように思う。
 真珠湾攻撃時点から、捕まえた捕虜はジュネーヴ条約に則った扱いをしたアメリカ。日本兵は捕虜になってみて、殺されはしないのだという事実の認識がまずあり、また、敵軍の食糧の豊富さに驚き、また自分がいた日本軍の理不尽さへの恨みなどが重なって、洗いざらい話してしまうのである。そりゃぁ、アメリカは驚くよね。
 もっとも、掴まった日本人が一番驚いたのではないか。食事をとって、デザートまであって、誰も腹を減らしていないんだから。
 また、米軍が驚いたというのは日本兵が一人一人がまめにつけ続けた日記、これを持っていたり、撤収した場所において行くしかなかったり、あるいは身につけたまま死んでいたりで、アメリカ軍の手に入った。先に展開する作戦については必ずしもわからないが、これまでの様子が手に取るようにわかることになる。さらに、上級の兵士になればなるほど大きな単位のことを書いているので、日本の軍の編成がどうなっているのかをアメリカが把握するのに大いに役立ったということだ。何という名前の指揮官がどこを指揮しているかがわかってしまう。ちなみにアメリカ兵には、戦場で日記を付け続けるという習慣は皆無に等しかったらしい。文字を書ける日本兵の、日本人の文化的な行為のひとつとしての日記がアメリカの役にたってしまったことになる。
 作戦的な動きだけではなく、日本人の心情を解読するにもこの日記は大変役に立ったということが書いてある。
 暗号表、作戦命令書など、アメリカの反攻が強まるに従って日本軍があわてて撤退することになり始めた初期には、「転進」するときの基地の放棄の仕方がかなり杜撰だったので、日本の情報がどんどんアメリカに流れた。暗号を解読できるようになってからも、暗号を解読していることがわかると暗号のキーを変えられてしまうので、解読していることを悟られないように配慮したというぐらい余裕がある。
 捕虜からの聞き取りに日系アメリカ人が軍に加わることになってからは、捕虜に対しての流暢な日本語、というのか日本人同士の聞き取りにによって、さらに情報が多く渡ってしまったというのだ。簡単にほだされてしまう人種といったところか。
 行動している軍の規模、いつどこにどれぐらいの人数が上陸するか、そうしたことが南の島で戦っている相手に知られてしまっては、どうにもならない。
 捕虜になってしまっては、もう日本に戻ることもできず、アメリカ人として生きるしかない、と思い詰めた日本兵が非常に多くいたという事実がひどく悲しい。そうなるともう積極的に協力することになってしまう。

 日本の軍隊上層部に対して、日本兵達がかなり理不尽だと思って軍隊のあり様を洗いざらい話した兵士が多かったことが、投降を呼びかけるビラに反映されたともいう。そんな風に、軍内部の不満や、日本の暮らしぶりがひどいことになっていることを口にする兵士達でも天皇の悪口を言う者がいなかったそうだ。そのことを深く理解したアメリカが、戦後天皇をどう扱えば日本人は納得するのか、すでに方策を立てていたという次第である。
 情報というのは、そういう風に役に立てることができるのだ。
 悲惨な戦線に駆り出された農村の青年が、きれいな日本語を話す「アメリカ兵」に尋問されて、何でも質問に答えてしまう風景を想像すると、悲しくもある。そして、私だったらどうしたか、と思うと、積極的に協力したのではないかという気がする。それもまた少し悲しい。そんな本だった。




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