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62
「四億年の目撃者」シーラカンスを追って

四億年の目撃者」シーラカンスを追って 62 「四億年の目撃者」シーラカンスを追って

サマンサ・ワインバーグ 著
文春文庫
自然科学ノンフィクション

投稿人:コダーマン ☆☆ 01.11.20
コメント:知識欲の素晴らしさに涙が湧いてくる。


 質の高いノンフィクションだった。タイトル通り、シーラカンスの発見と、その科学的な解剖、分析、そしてさらなるシーラカンス研究のための捕獲について書かれた本である。生物の進化を探るという科学的側面だけではなく、金にあかしてシーラカンスを手に入れたがる人間の欲と、自然保護といった現実的な問題を全て含んでいるところが「考えさせる」本である。
 7000万年前には絶滅したはずの魚が、今も生きているということを考えれば、科学的分析を受ける前にも、繰り返し捕まっていたのだとは思うが、1938年まで科学的な視点でこの魚が見つめられたことがなかった。
 さて、まず発見の話から。
 化石で見つかっていた「シーラカンス」とそっくりな魚を小さな町の小さな博物館の学芸員が目にする。科学的知識から、どう考えてもそれはシーラカンスにしか見えない。自分が先生として信頼している魚類研究の専門家に、その魚を見せようとするところから騒動が始まる。
 運悪く、南半球でクリスマス休暇に入った時期に「最初の」一匹が捕まってしまったのである。最大の努力はしたものの、博士に連絡がつくまでに日数がかかり、博士がその魚と対面するまでにさらに日数がかかって腐敗が始まるという、残念な結果になってしまう。この辺のジリジリが話としては面白い。どこにも冷蔵庫があるという時代でもないし、ましてやアフリカの辺境といっていいような場所での発見である。内蔵などは捨ててしまうしか方法がないほどドロドロになってしまった。そのせいで、確認しておきたい生物学的な部分が多く失われてしまう。
 それでも、「化石」が生で目の前にあるのだから、博士は狂喜乱舞。人間の先祖が、魚から両生類に移る頃の状態を確かめることができるかも知れないなど、様々な研究ができた。非常に多くの情報を得られて、その博士は一躍脚光を浴びる。そういうことに全く頓着しない博士なのだが、周囲がその新発見に嫉妬し始める。
 その一匹目のシーラカンスが捕獲されたのが当時のフランス領だったもので、さっそくフランスは力づくで、領海からシーラカンスを持ち出すこと禁じてしまう。こうして、シーラカンスを独り占めしたいという欲が表に出てくるのだ。シーラカンスに賞金がかけられ、世界中の博物館から「買います」という注文が入ってくる。こうして、生きた化石は科学的対象でありながら、商品になってしまう。
 その後、1年に数匹、2年に一匹、といった具合にシーラカンスが捕まるのだが、水面近くまで上がってしまうとすぐに死んでしまうので、誰も生きたまま解剖を始めることができない状態が続く。そのシーラカンスの行き先、研究を委ねる先が、フランスが好意を持つ人間に限られ、この本の主人公とも言える最初に解剖した博士は、遠ざけられてしまう。そのことで、シーラカンス研究の第一人者が直接確認しておきたいいくつものことができないままになる。個々の研究成果は発表されるが、閉鎖的なものになって、総合的な意見をまとめるに到らなくなってしまうのだ。
 博物館、研究機関が「客寄せ」としてシーラカンスが欲しい、金ならいくらでも出す、という中に日本の水族館がいくつも入っていて、鳥羽水族館の名が何度も出てくる。また名前は出していないが、領海内で捕獲させてくれという希望も「高額付き」で何度も出される、これも日本の名前が挙がっていた。そういう風に見られている、そういう風な国らしい。
 さて、フランス領のアフリカ沿岸にしかいないと思われていたシーラカンスが、南シナ海でも捕獲される。もちろんここでも賞金付きで、生きたまま渡してくれればさらに高額。生きて、というのは、泳ぐ様子を観察したいのである。鰭が「手」に変化する方向を示すような働きをしているかどうかを自然の動きの中で観察したい、ということになってくる。
 南シナ海で何匹か捕まったあとで、7000万年前に絶滅したはずの生き物が今も生きていることがわかったからといって、他の食糧にする魚か何かのように、世界中から捕獲にやってきて捕まえるとすると「人間が絶滅させてしまうこと」になるのではないか、という意見が、科学者の間から出てくる。戦後は、研究も広く専門家を集めてできるようになり、ほとんど謎はなくなるので、もう見つけては殺すということをやっめてもいいのではないかという動きになってくる。
 だから、深海まで行ける潜水艇を製作して、シーラカンスが泳いでいる様子を撮影することにかける冒険家や若いカメラマン、科学者達が挑戦し始める。ここにも面白い話が詰まっていて、最初にシーラカンスの泳いでいる様子を撮影したのは、自分の手で潜水艇を作った男だった。手製の潜水艇、というのも変だが、金がないので大型のものはできないから、それができないものかと考える。世界中の情報を集めて、町工場レベルの場所でかき集めの材料を組み合わせて潜水艇を作って楽しんでいる男を捜し出し、その人に作ってもらったりするのである。
 シーラカンスの発見に始まる騒動の始まりは、熱心な個人、情熱あふれる素人によって開かれて、そこに「専門家」が大挙してやってくるということが多い。科学と商業主義と、名声、そして生物の絶滅を考えるなど、今日的な問題が面白いノンフィクション一冊の中に閉じこめられている。のんびり楽しむ「科学ノンフィクション」としては秀逸である。


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