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文庫本読書倶楽部
40
エレクトリック・ミスト

エレクトリック・ミスト 40 エレクトリック・ミスト

ジェームズ・リー・バーク 著
角川文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ― 01.05.12
コメント:---


  文庫本で500頁を越えるしっかりした文体の小説を読み切るには、私の場合四日ぐらいはかかる。私は遅読を自認しているが、James Lee Burkeの小説は、小説を読むことに熟練していないと、書き手にうち負かされてしまうような「腕力」を感じる。
 さて、南北戦争をテーマにした映画を撮影している現場で、人骨が発見される。
 私服刑事の主人公が若い時に目撃した殺人事件の被害者であるらしい。当時、その殺人については報告したものの、まるで取り合ってもらえなかった記憶がある。逆光の中で、ひざまづかされた人間が後ろから撃たれ死んでしまうのを見たという、遠い光景が主人公の心に甦ってくる。
 今現在起きている事件を追いながら、どうしてもその事件の真相にたどり着きたいので、周囲の反対、邪魔、警告を無視しながら少しずつその遠い過去の、ほとんど幻の事件に挑む。「今さらそんな事件を調べてなんになる?」「当時は、そんなことがよく起こったものさ」、そんなは、黒人が殺されることをさしている。
 その南北戦争の映画というあたりに影響されて、というわけでもないが、自分たちが暮らしている街の周辺が南北戦争の激戦地であったことで、今でも南北戦争当時この地で死んだ兵士の亡霊が現れるというようなことになる。そして、主人公は霧の中に、繰り返し南軍の将軍を見ることになり、彼に語りかけたり、人生の教えをもらったり、あるいは戦いは永遠に終わらないのだと「辛い人生」を暗示されたりする。
 黒人差別が激しかった時代、アメリカ南部での「黒人の囚人」がどのような過酷な目に遭わされたか、看守の気まぐれで日常的に黒人が虐待され、殺されていたことが文中に苦々しく書かれる。手錠をかけられたまま、裸足で殺されていたことがわかり、囚人が殺されたのだとすれば、刑務所の看守や所長だった人間に聞いて回るしかない、と主人公は時間を作っては、もう老人になった男達に会いに行く。もちろん、なかなか役に立つ証言は得られない。
 その事件が中心の話ではないが、その昔の事件が片づかないと、映画の撮影が進められない状況になり、その映画に投資している怪しげな人間が主人公のデイヴに悪さをしかけてくる。映画に出資している人間、街の大立て者、こうした人間が裏で繋がって街の経済界を牛耳っているというのはよくある形。
 そういう息が詰まりそうな状況が続く中に、この街の出身で、デイヴの高校時代の同級生、今や売春組織のボスになった男が帰ってくる。デイヴがピッチャー、そのボスがキャッチャーで高校時代野球をやっていた。
 三塁に敵チームの気に入らない奴がいた時に、わざと取りにくいボールを投げろとサインを送ってきた。その通りに投げると、キャッチャーはパスボールしてボールを見失ったフリをし、ランナーがつっこんで来るのを見越して、駆け込んできたところに猛烈なガードを喰らわせて、二度と野球ができないような体にしてしまった。
 そういう相棒が故郷に帰ってきたのだ。派手な格好をして、子分や女を連れてプールサイドで酒を飲んでいる。そこにデイヴが会いに行く。たまには故郷を見たくなってさ、というボス、もうお前にはこの街が必要じゃないだろう、と、できればことを起こさずに出て行って欲しいデイヴ。ここにまた対決の芽が出てきてしまう。
 この売春組織のボスと主人公の関係は、他者に対するときは奇妙な友情が感じられるし、二人きりの時はとうとう相容れない世界に別れてしまった同級生であって結局は対決しないわけにはいかないとわかっている感じ。この危機感がいい。今地元の警察が取り組んでいる連続レイプ犯の捜査に日々を費やしながら、新たな推理や古い人脈をたどって、埋もれていた殺人事件にも取り組む。
 疲れて眠れば、南軍の将軍が姿を現す。車を運転していて眠気がさしたり、霧の中に車が入り込んだりすると、南軍の兵士の群が見えたりするのである。
 重苦しく、暑苦しいが、実に味のある小説。事件と人間関係が多層をなしているので、あらすじだけを書いても伝わらないし、面白い部分だけを拾って紹介してもこの小説のすごさを伝えることができない。日本の小説には、こういう厚みがない。今ベストセラーになっている日本の小説を読んだが、その著者にこの小説のようなコクのある作品を読ませたくなる。それほど日本のベストセラーはひどいものだった。それが、書き手の腕力のあるなし、である。
 テレビの2時間ミステリーのように、前半の1時間を見れば犯人もわかり、動機も「暗い過去」もわかるというような小説ではない。テレビドラマのひどいところは、その後半の1時間が、犯人の独白に費やされるところ。警察が犯罪を証明して動機を明らかにしていくのではなく、あっさりとわかってしまった犯人が犯罪を犯すにいたった「哀れな過去」を綿々と逮捕に来た警察官に語る。
 そうした「お涙物」的ベタベタ感がない海外のミステリーはやはり面白い。緊張感が最後まで持続するし、読む者に小説を楽しむ力を要求する。しばしば、翻訳物が読めないという人がいるけれど、特に「名前が混乱して」という場合は、実際のところカタカナ名前をきちんと読んでいないという実に単純なことが大きいらしい。
 そんな諸々の海外小説問題を消し去る力を持つ小説なので、読み巧者にはぜひ読んで欲しいミステリーである。
 先にも書いたが、このシリーズの新作がもう出てしまって、それも手に入れた。近いうちに読む予定。


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