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文庫本読書倶楽部
138
昭和電車少年

昭和電車少年 138 昭和電車少年

実相寺昭雄 著
ちくま文庫
エッセイ集

投稿人:cave ☆☆ 08.06.27
コメント:鉄道ブーム再来の現況に、識者である著者の喪失は痛い。


 2006年11月に亡くなった映画監督、実相寺昭雄さんは自ら「電車オタク」と明言されるほどの鉄道ファンであった。本書は生前の2002年に刊行された単行本の内容に新たな原稿と写真を追加、再編集して文庫版とされたものだ。表紙カバーは監督が企画に加わって商品化された食玩のジオラマカラー写真で、巻頭と巻末は、監督が撮影した路面電車などのミニ写真集(モノクロ)となっている。

 わたしもまあ、元鉄道ファンのはしくれであって、当サイトにも「蒸気機関車と鉄道趣味」なんてコーナーを設けていたりもするのだが、その熱意たるやいまや非常に薄っぺらいものだ。私は昭和33年の生まれだが、高校に入ったばかりの頃に国鉄の蒸気機関車が全廃されてしまい、以後急速に興味が萎えてしまったアカンタレなのだ。痛感するのは、鉄ちゃん度というものがあるとすれば、昭和初め〜戦後すぐあたり生まれの諸先輩のマニア度というのが非常に深く熱いことで、著者の実相寺さんもその世代にあたる。鉄道に限らず、物事に長く深く熱中できる人間が、団塊以降の世代に希薄になってきた気がするけれど、世の中の物事が多様化し、興味の選択肢が増えすぎたせいなのだろうか。

 特に「電車」のインパクトは、戦前〜昭和の終わりまでに比べると平成のそれは随分萎んでしまったようだ。昭和の「電車」にはたしかに迫力があった。重厚なのにどことなく優美なプロダクトデザイン、吊りかけ式電動機の渋い駆動音、波打つ鋼板に浮かぶリベットの整列、地味ながら深く威厳すら感じる塗色等。当時はせいぜい二両から三両の編成であったけれど、自動車もいまほど街を埋めつくしてはおらず、その車体の大きさもあこがれの要素になっていたことだろう。少年がだれしも電車に惹かれ興味を持ったのも当然のことだったのかもしれない。

 著者は、鉄道友の会の前身であった交通科学研究会当時からの会員であり、まさに筋金入りの鉄ちゃんである。時中父親の転勤で南満州鉄道の「あじあ号」にも乗車していて、当時の思い出が書かれた部分も興味深い。エッセイを辿ってゆくと、なかでも路面電車と寝台列車に深い愛着を感じていたようで、おのずとそれらの記事に熱が注入されているのが感じられる。少年時代、住居近くを走っていた王子電車(現都電荒川線)にさかれた枚数は多い。また関西や四国・九州の鉄道事情にも詳しく、阪神国道線の71形「金魚鉢」や神戸市電の話題も熱く語られている。近年、理想の交通機関として注目されつつあるLRTの話題も豊富で、強力に支持してゆこうという姿勢が感じられる。ブーム再来ともいわれるこの時期に亡くなられたのは残念だ。

 著者の鉄道に対する愛と情熱が存分に感じられるエッセイ集だが、非常にマニアックな、しかも戦前〜戦後すぐにかけて活躍した形式の車両写真が掲載されていないのは、元鉄道ファンのわたしでも、そのカタチが確実に脳裏に浮かび上がらず読んでいていささか面映い。LRTについて、その必要性を力説されているように、鉄ちゃん以外のシロート読者にこそ読んでほしい内容の文章も多いので、話に関連した説明図版を適所に入れる配慮が欲しかった。ブームの中に埋もれさせてはいけない一冊。



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