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文庫本読書倶楽部
134
謎解き 広重「江戸百」

謎解き 広重「江戸百」
134 謎解き 広重「江戸百」

原信田 実 著
集英社新書ヴィジュアル版
歴史ノンフィクション

投稿人:cave ☆☆☆ 07.05.17
コメント:江戸のジャーナリズムは今の破廉恥マスコミよりも、その質十分高きかな。


 やんわりでも絵画に興味を持ったことのある人なら、安藤広重の浮世絵風景画、『名所江戸百景』のシリーズを見て、なんとなく「もどかしい」というか「腑に落ちない」気分になったことがないだろうか。わたしもその1人なのだ。ゴッホが模写したことで有名な「大はしあたけの夕立」などを眺めているだけではわからないが、近景物が大胆なトリミングで画面を隠してくる構図の作品や、人出のある通りに描かれた人物がおしなべて後ろ向きであったり、どうしてこんな凡庸な場所をテーマに選んだのだろうと感じさせる作品もある。わたしの好きな、浜に面した夜の座敷の宴のあとを描いた「月の岬」に至っては、もはやシュールな世界である。幕末期に庶民の間で大ヒットしたシリーズなのだけれど、江戸の庶民が、なぜにこのような絵を好んで買い求めたのだろう、という点が「腑に落ちない」気分にさせていたのだ。その疑問をある仮説から解いてくれる本である。

 ひとつのカギになっているのが、このシリーズが始まる四か月前の安政二年十月二日に江戸を襲った「安政江戸地震」だというのだ。大きな天災を受けた江戸の混乱や復興景気などからくる無秩序をコントロールするために、幕府は数々の取締令を発令した。当然、江戸のジャーナリズムにも圧力がかかる。数年前にペリーの来航があり日米和親条約が締結されたご時世、江戸の庶民にとって、すでに情報はなくてはならないものになっていたのだろう。情報を得たいのはヤマヤマだが、お上の目がギラリと光っている。そのコンシューマ市場の欲求を目敏く読み取った版元が、広重を起用して名所風景画の中に情報キーワードを埋め込んだ一連の作品を売りだし、それが「わかる」インテリ系江戸っ子に受け入れられて大ヒットしたということらしい。もちろん評判に釣られて買ってしまった「わかってない」輩が大多数だったのだろうが。浮世絵上部に押されている「改印」から発行許可を受け発売された時期を割りだし、実際に起こった出来事と照らし合わせて、絵に埋め込まれた「伝えたいこと」の内容を推理してゆく。これが非常に面白い。

 「江戸百」のカラー図版が120点。重要なものは新書1ページ全面に掲載され、関連文を読みながら確認することができる。とはいえ新書サイズだから絵画の鑑賞にはもの足りないサイズではあるけれど。図版の印刷はなかなか美しいが、千百円という価格が、わたしには大層痛かった。


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