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文庫本読書倶楽部
129
昭和が明るかった頃

昭和が明るかった頃
129 昭和が明るかった頃

関川夏央 著
文春文庫
昭和30年代評論

投稿人:cave ☆☆ 06.03.17
コメント:日活全盛期の邦画周辺から当時の世相を読む。


 本書が言う、昭和の「明るかった」頃というのは、昭和30年代のことだ。一般的に、このあたりは高度経済成長「前夜」と位置づけられているのだが、著者は東京オリンピック以後の高度成長期をして明るい時代とは捉えない。昭和30年代、敗戦でエスタブリッシュメントが思うように力を発揮できなくなったこの時期こそ、そのぶん大衆を中心とした活力が存分に機能し、その後の稀有の高度成長期を実現させた。大衆が力を発揮できた唯一の世相。それゆえ、この時期が昭和で最も明るかったのだと言える、と、わたしは読んだのだがどうだろう。

 タイトルの示すものは、そういうことだと思うのだが、本を開いてみると、いきなり、「吉永小百合の出る映画は、なぜつまらないか」と始まる。そして全編、当時全盛期を迎えていた日活映画の躍進と凋落のようすと、吉永小百合、石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎などのスタアや当時の映画監督たちの人間像が、その個人史とともに深く掘りさげて語られる。彼らが演じた役柄や作風には、当時の時代背景が色濃く投影されていて、読み進むとともにあら不思議、当時の世相が赤裸々に浮かび上がってくるのだ。この手腕は凄い。

 当時、まだ幼児であったわたしにとって、日活アクションや純愛映画に触れたのは後日のことで、観ていた邦画といえばもっぱら、「怪獣映画」や「アニメーション」だった。したがって吉永小百合も石原裕次郎も青春映画として捉えられる立場にはなく、お兄ちゃんの観る映画だったのだ。そして同様に、敗戦から東京五輪までの間の日本の混沌は、そのバイタリティは何となく感じられるものの、どうも掴み所のない時期だったのだが、吉永小百合からその時代を幾分かでも読み解けるとは意外で、ちょっと得をした気分になった。映画好きの読者には、世相ウンヌンを小難しく語らずとも、小百合や裕次郎の芸能ゴシップ本としてサラリと愉しむこともできる。

 モノクロームのカバー写真とタイトルに魅かれて手に取った一冊。


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