cave's books
文庫本読書倶楽部
105
さらば深川 髪結い伊三次捕物余話

さらば深川 105 さらば深川 髪結い伊三次捕物余話

宇江佐真理 著
文春文庫
時代小説

投稿人:cave ☆☆☆ 03.12.23
コメント:わたし、気丈なオミズ系姐さまには、滅法弱いのでありまして…。


 時代小説は好きなので、今までかなりの作品を読んできたけれど、わたし個人の傾向として、どうも「女流」時代小説にはいまいちピンと来る作品が少なくて、女流大御所の著作物も含め、途中でうっちゃってしまったことが多い。もっともこれは、わたしの好みが偏向していることが原因で、決して女流作品の質が劣っているということではないので、誤解なされないようにお願いしたい。その理由は、わたし自身にあって、作中で「男」が描かれる場合の心情、剣技などに「もの足りなさ」を感じてしまうからだと思っている。裏を返せば、その分描き込まれているはずの「女」の心のアヤを理解できない野暮な読者であるわけだ。

 この「髪結い伊三次捕物余話」シリーズも女流作品であり、そのような強い「偏見」のもと、あまり期待せずに手に取ったのだけれど、ドキャーンとひっくり返されて、引き込まれてしまったのである。時代小説のジャンルからいえば「捕物」モノなのであるが、サブタイトルに「捕物余話」とあるように、純粋に「お縄を頂戴」がメインの物語ではないのである。八丁堀の旦那や、岡っ引きの親分は脇役であり、派手なヤットウ立ち回りも主役ではない。主人公は床(店舗)を持たない廻り髪結いであり、仕事の傍ら縁あって御用の小者を務めているという設定である。髪結いの腕は確かだし、探索などでも鋭い推理力を発揮する二枚目なのだが、いかんせん甲斐性はない男。だがしかし!この男、深川でお職を張る辰巳芸者、別嬪の文吉姐さんの間夫なのであります。

 この文吉姐さんが、実に素敵な女なのでありまして、まあ、辰巳芸者なのだから当然だが、気風はいいし気丈であり頭も切れる。その反面、ときに伊三次に対し町娘のような深い情愛を見せるのである。このコントラストがたまらない。わたしは瞬時に文吉姐さんの虜にされてしまった。嫌な大店の旦那に後添いを強要されても「わっちが旦那の女房に収まったとしても、わっちは伊三さんと切れませんよ」と面と向かって言い放ったりする。いいねえ。「いよっ!姐さん、待ってましたッ」である。まあ、わたしに限らず、本シリーズのおおかたの男性愛読者にとっては、あだっぽいお文姐さんが主人公なのではあるまいか。

 さて本作「さらば深川」はシリーズ文庫版の三作目。現時点では文庫化されている最新作であるが、単行本ではすでにもう二冊先行して出版されている。文庫しか読まない流儀なので、やや歯がみするようなところがあるのだけれど、流儀は流儀。しかし気になって続編のレビューを覗いて見たら、次作(さんだらぼっち)ですでに文吉姐さんは伊三次の裏長屋で女房に収まり、さらに最新作(黒く塗れ)では母親になっているという。恋愛小説部分の比重が増えて来ているということだろうか。う〜ん、どうするか。「芸者」の姐さんにぞっこんの私には、本作あたりが潮時なのかなあ。

 文庫一冊に、5〜6篇の収録であり、この手の時代小説としては、一話に厚みがあるほうだと思うが、緊張を途切れさせることなくスムーズに読み進むことができる。そして次作への展開にも違和感を感じさせないあたり、作者の筆力を感じる。著者は函館在住の主婦でもあるそうだが、ちまたには川向こう「深川」を舞台にした時代小説が数多くあるけれど、その深川の地の描き方にも新鮮な個性を感じさせてくれている。何より、わたしの女流時代小説への偏見をやや薄らげてくれた、価値ある作品であった。


文庫本読書倶楽部 (c)Copyright "cave" All right reserved.(著作の権利は各投稿者に帰属します)