cave's books
文庫本読書倶楽部
03
あいどる

あいどる 03 あいどる

ウィリアム・ギブスン 著
角川文庫
海外SF

投稿人:cave ― 00.06.28
コメント:---


 80年代の終わり頃、この作家の「ニューロマンサー」を読んだ。当時この国じゃいよいよバブルが弾けようとしていたのだが、まだほとんどの小市民は気づくこともなく、なんとなく楽しげに見えた街で屈託のない笑顔を振り撒いていた。
 オレは東京でひとり暮らしだった。給料は少なかったし家賃はべらぼうに高かったが、それでも結構いろんな盛り場のさまざまな店で珍しい酒を呑んだり、生まれて初めて口にするような料理を楽しめた。今思うとどうしてそういうことが出来ていたのか不思議だ。街全体に気怠い感じが漂ってはいたが、屈託のない笑顔はそこここで見ることができた。10数年が経った今日、街のサラリーマンの「屈託のない笑顔」にはほとんど出会ったためしがない。
 放蕩感と気怠さが充満していた街に「サイバーパンクノベル」と呼ばれたこの小説はよく似合った。映画「ブレードランナー」や「時計仕掛けのオレンジ」がリバイバル上映されたりしたのではなかったか…当時は流行にほだされて読んだのだが正直言って、かったるかった。メンドウ臭いタイプの小説が現れたものだと思った。でも最後まで読めたのは、外国人作家が近未来の日本の都市の様子を描いていたからだ。その点だけには興味があった。
 さて、今回の「あいどる」も、東京の近未来が舞台になっている。執筆されたのは'96年だから、最近のものではあるのだが、WEB環境やそれをとりまくコンピュータ環境は、すさまじいスピードで進化しているので、かなり古さを感じてしまう。一人の作家が予測する未来より、数億のネットユーザーたちが思いつく「便利」さや「金になる」アイデアのほうがすばやく環境を変化させ現実化てしまうのは当然といえば当然だ。この中に描かれるネットワークの未来的なものの中心は「空間の仮想現実イメージ」だと思うが、現実にはこちらの方向へはそう進まないであろう。アート的イメージ的なものはWEB世界には余りにも非合理でさほど重要視されないものだからだ。ただ、ゲームとして、娯楽のいちジャンルとしては、すぐに実現する環境かも知れないが。
 オレの一番のお楽しみ、「外国人作家による近未来の日本の様子」についても、あまり面白い部分は見つけられなかった。テクノロジーでいえば、カードサイズのトランプみたいな「折畳み傘」だ。たわませて弾くと傘になり、使用後自動的に消滅する。というモノだが、「折畳み傘」をどうにかしたいというのは雨の多いこの国民のよく思うことで、これは実現すれば売れるアイデアだ。しかし「使用後自動的に消滅」は濡れなくてケッコウだが、その仕組みの説明がないのはちょっと無責任なので30点減点。作中、人気ロックスターの「死」のデマを聞きつけた日本の少女フアンたちの群衆シーンの表現に「つやのある黒い髪が静かな海面をかたちづくり…」とあるが、いまとなってはこのイメージの実現は不可能である。


文庫本読書倶楽部 (c)Copyright "cave" All right reserved.(著作の権利は各投稿者に帰属します)