東西南僕 19 酒は友だち 番外
2002年11月06日(水)
「酒は友だち」番外/旅で、おいしい酒を飲む方法

 僕が、本山賢司さんと一緒にした取材旅は二泊三日が基本だった。雑誌の連載で、日本各地にいる友だちに会いに行く旅である。「友だち」というのは、清酒のことで、要するに二泊三日の旅で酒を飲みにいくというものだった。

 本山さんは、イラストレーターであり、作家である。焚き火作家、野宿作家で知られている人。元はイラストレーター一本だったのだが、絵の余白に書く「つぶやき」が面白く、絵に文章がついた本を何冊か出しているうちに、エッセイに絵がついた本になり、絵のない小説も、と乞われて小説家も兼ねるようになってしまった。
 そうなる前、本山さん(以下、モトさん)が描き、私が書くというコンビで旅をしていた。もちろん、今もイラストレーターであって毎年のように個展を開き、絵画教室も開いている。テレビでは「下山家・げざんか」として知られている。登山家は登るのだが、下山家は「山下り」専門である。

 さて。
 酒好き二人を、旨い酒のある土地に野放しにしていいものか、その雑誌の編集長は大いに迷ったようだったが、説得術に長けた本山さんが、説得しきってしまった。そうして僕たちは、酒を飲む旅に出た。仕事である。
 初めての街で、いい飲み屋を探し当ててそこに腰を落ち着けて一晩酒を飲み続ける。そんな気持でいたが、それでは二晩で二軒しか紹介できない、一晩最低二軒は行きたい。その後、いつも一緒に飲んでいるときの習慣で、スピリッツを飲まないではいられないので、バーを一軒覗く。こうすれば二晩で最低六軒の店が紹介できる。
 どういう店でどんな肴を食べてなんという酒を飲んだかモトさんがイラストレーションで、僕が文章で書く。店が六軒で、地元の酒を例えば五種類から十種類紹介できれば、酒を飲みに行く旅としては不足はない。モトさんも僕も、ワァーワァーキャーキャーいうような飲み手ではないが、楽しい仕事ではあった。

 当時、日常的に飲んでいる町は赤坂だった。東京の赤坂である。僕たちの共通の勤め先が赤坂にあるので、仕事が終われば赤坂町内で飲むのが基本だった。赤坂という町は、日が落ちてから重い財布を懐に遊びに来る人と、その地で働いていて帰りに一杯やる人が混じり合う所である。
 しかし、その飲む場所は画然と違っていた。一大歓楽地ということになっている赤坂にも、縄暖簾、赤提灯はある。それが地元の人が行く店。一方、有名なキャバレーや、老舗の料亭、フランス料理のレストランなどなどは「夕方出かけてくる人々」のものであった。これは今でも変わらない。地元組は、有名店の場所を知っていても入ったことがないことが多い。夜、赤坂に遊びに来る人々には赤提灯が目に入らない。そんなものである。
 若かった当時は、ひたすら酒を飲んだ。持っている金で酒を多く飲める方法を考えてばかりいた。どういうことかといえば、つまみを極力とらない。実に貧乏でもあった。若くて貧乏、中国にいたら革命を起こしていたかもしれない。それが、若くなくなったにもかかわらず、つまみの量が少ない習慣が治らないのである。それは取材に出たときにはっきりわかった。

 仕事で酒を飲みに行くというのは、楽しいけれど、いつもと酒を飲む真剣さの度合いが違う。
 まず、間違いなくいい店を見つけなければいけない。これが初めは案外負担だ。モトさんと思いついたのは、まず好きな酒の醸造元に電話を入れて、まじめに聞いてしまうという手だった。
 地方の清酒の蔵元というのはそうそう巨大ではなく、だいたいは家族、親族でやっている。そこに電話を入れて「今度、そちらの地元に旅に行くんですが、お宅の酒を地元でじっくり味わいたいと思っているんです。それで、そちらの蔵のが確実にあるお店を何軒か教えていただけませんか、お願いします」と、真っ当に行く。
 そうすると、電話の向こうで「専務!」などという大きな声が聞こえて、やがて専務が出てくる。専務が社長の息子で、先に出た女性も社長の娘さん、というようなことが地方の蔵には普通にある。結局、同じ話をもう一度して、ついでに「料亭ではなく、また、一杯飲み屋でもない辺りをお願いします」と、実に有り体に述べることにしていた。
 料亭は勘弁して欲しいというのは、地方の造り酒屋は地元では名士だし、名家も多いのでどうかするとその蔵の酒を揃えた豪華な料亭があったり、屋敷内に上級のお客を相手にした高級な酒亭があったりするので、そういうのはとうてい行けないから遠慮するという意味である。一方、酒をじっくり味わい、語る旅なので一杯飲み屋は少し違う気がしていた。
 いずれにしても、本を読んだ人が旅で入れるレベルの店にしておきたかった。
 電話の向こうでは、専務が自分の馴染みの店を上げてくれたり、自社の酒をしっかり扱ってくれている店を上げてくれたりする。こうして、数軒「名前」を確保する。
 それと『日本の名酒事典』も調べた。講談社のこのムックは、非常に重宝したのだけれど、その後版を重ねることがなくなって、困っている。吟醸酒が流行って、各蔵の酒の様相がガラリと変わり、少量多種生産に向かった蔵があるなど編集や写真撮影が大変かもしれないが、酒飲みの力強い味方だったので、新しい版が欲しい。
 鑑評会で金賞受賞の酒だけを編集したり、ある線を引いてカタログ的に集めた本はあるけれど、一応、全部の蔵が載っているのは便利この上なかった。
 酒の銘柄は覚えていても、必ずしも県の名前を覚えているわけでもないし、醸造元の名前を知っているとも限らない。そういう場合、なにはともあれ『日本の名酒事典』であった(私の取材記事も載っていたので愛着があったんです)。
 さて、先の方法で、その県で飲みたい酒の蔵元、三軒ぐらいに聞いておくようにした。それと、
『日本の名酒事典』で、飲む酒の候補を探したりもした。どうしたって飲んだことのない酒があるわけで、その機会に飲んでみようというわけだ。
 
 そんな準備、心づもりで出かける。
 東京から、新幹線、飛行機で着くと現地に着くのは昼過ぎ。遅い昼ご飯を食べるところで、地元で人気の清酒はなんですか、と小当たりに探ったりもした。それから、大きな本屋に入って、地元のタウン誌だの地方出版社の本で飲み屋や清酒の情報も見る。
 そうは思われていないようだったが、案外熱心だった。
 それと蔵元から聞いた店の名前をホテルの電話帳で調べて、住所をメモする。モトさんも私も持っている昭文社の市街地図でチェック。裏の白地図に鉛筆でマーク。で、ホテルからどう歩いて、その店店のたたずまいを観察するか決める。そして歩き出す。
 モトさんは、自然の中を歩くのが得意なだけでなく、街も楽しむ。私も街を歩くのが好きで、その時間も酒の旅の一部として満喫した。古本屋、古道具屋、骨董品店、金物屋、駄菓子屋、なんだかわからない店、まだ残っている田舎の雑貨屋、鍛冶屋、そうしたところには必ず入って雑談して、奇妙な知識をもらって歩く。
 私が入らないのは、漬物屋とファンシーショップ。モトさんが入らないのは、和菓子屋。私は漬け物嫌いで、どうにもあの野菜が乳酸発酵した香りが駄目、地元の漬け物の様子を見に入るモトさんと一緒に行けない。それと、女性と言うより、少女向きのファンシーショップにモトさんは平気で入っていくのである。三人の娘さんを持つモトさんは、キャラクターグッズなどが山のようにある「私には恥ずかしい店」に何でもなく入っていく。一方、モトさんは甘いものを食べない人で、私が老舗の和菓子屋に入ってもついてこない。これはこれで、二人とも事情がわかっているので、ついてこなくても勝手に行動した。

 地方都市の場合、県庁があって裁判所があって、NHKがあり、農協(今じゃJAか)の大きな建物があるような「官庁街」にはいい飲み屋がない。徐々にできるだろうが、近年バタバタとビルが建ったあたりに、いい飲みは屋ほとんどない。あっても「コンセプト」とやらが、私らの肌に合わない。フランス小皿料理と吟醸酒のマリアージュだぁ、けっ! 

 おおよそ日本の地方都市は、城下町から始まっているので、城跡の公園を中心に、よくよく調べると、どうも「遊郭」だったあたりに、いい香りがする。古い繁華街、飲み屋が続く通りなどは町が古くから続いたところである。大工町、魚町、茶町、鍛冶町などといった町名が残っているとうれしくなる。そういう一郭に、飲み屋集中地帯がある。
 蔵元に教えてもらう飲み屋も、多くはそういう地帯にあり、店構えに風情があることが多かった。二人で、遠目に観察する。
 提灯の古さ、板塀の古びた加減、裏手に重なっているビール箱のメーカー名、両隣の店との格の違い、また、夕方の仕込みに入っている場合は、店の人の動きなどにも目をやる。「ポリバケツの青々としたところがいい」など、くだらないことを言いながら、教わった店を見て回る。これ、結構楽しい。そして、どうしても店の中を覗きたいときは「何時に暖簾が出ますか?」などと言いつつ、店の中を観察した。
 この時の対応で、色々なことがわかる。また、瞬時に「テレビがあるかないか」「カラオケ装置がないか」「主な酒は何か」「スポーツ新聞が重なっていないか」など、それぞれに気を配る。で、歩き出してから「ちょっとよさそうだな」とか「ここは来なくてもいい」など、酒飲みの勝手をいいながら歩く。

 掲載誌に酒と肴を描くだけというわけにもいかないので、モトさんは町のスケッチをしたり、古い映画館の佇まいを絵にしたりしている。その間、私も町を眺めている。おじさん二人が常につるんで歩くこともないので、1時間半後に決めた場所に行くというようなこともしばしばやった。でも、くだらないことを言いながらの散策が結局一番面白かった。
 博物館はあれば必ずといっていいほど入った。そして、日本の博物館の駄目さ加減を罵ることが多かった。見せることが下手だからである。展示物は見て面白いようにできていなければいけないのに、日本の博物館はパネルの解説を読ませようとする。これには本当に呆れた。それに展示物の貧弱さ、これは絶望的であった。子どもに興味を持たせる、という力を持っていない。見て面白い、じっと見ているうちにそれについて知りたくなる、そういう風に導く工夫に欠けていると思う。学芸員さんたちは真面目に、一所懸命にやるのだろうが、ディプレイの創意工夫に力がないように思う。

 さて、店の見当をつけて、一度ホテルに戻りひと休み。汗をかいていればシャワーを浴びたり、Tシャツを取り替えたりして、夕暮れの街に出る。普通の旅であれば、この時がスタートだが、下調べが済んでいるので真っ直ぐに一軒目に向かえる。モトさんは小さな手帳とシャープペンシル、私は煙草の箱ぐらいの大きさのテープレコーダーを使った。

 中に入り、二人とも「大丈夫」と感じ取ったところでは初めから酒。酒、は、清酒です。様子を探って入ったものの、かすかに「違うか?」という雰囲気がある場合は、ビールを頼む。ははぁ、モトさんも怪しいと思ったな、とわかる。ゆっくりビールを飲んで店内を観察し、駄目なところだと思ったら退散。これはもう、時間の無駄をしているわけにはいかない「仕事で酒飲むんだから」、すぐに河岸を変える。
 そういうことは多くなかったけれど、そういう策も立ててあった。

 赤坂で貧しい飲み方をしていたが、その取材では、その地のその季節の肴を紹介したいという気持ちもあったので、酒を飲み、「私たちとしては」よく食べた。
 酒は、モトさんと私の好みの違いがあり、自慢の地酒をおすすめしてくれる主人とのやりとりがあるので、一軒で何種類も飲むことになった。私は、カウンターの片隅に置いたレコーダーにむかって「磯自慢の純米」はどうのこうのというように、一本一本の酒の印象を吹き込んでおく。日頃は入った店でじっくり飲む方なので、適度なところで切り上げて二軒目に向かうのが初めのうちは面倒だった。中途半端な感じが残った。
 でも、仕事ですからね。
 勘定を済ませて、外に出る。で、いつも二人で笑ったのだが、「私たちとしては」よく食べたつもりなのに、癖は直らないものでほとんど一万円を超えたことがなかった。男二人で、吟味した地酒をいろいろ飲んで肴も食べて一万円いかないというのは、情けなくもあった。しかしそうなってしまうのだからしょうがない。で、そこそこ酒は飲んでいる。ただし、東京を離れると、飲み屋は安い。安くてうまくて量がある。本当です。
 で、次の店でも同じような要領。ただし、その日すでに一軒入っているので別の酒がある店を意識して選び、肴も別のものを食べる。酒は、できるだけ沢山の種類を飲む。モトさんは、酒のラベルをササッとスケッチし、肴の皿を描く。シャープペンシルで描くので、色は付いていないが、それぞれの部分が何色か、あとで再現できるように色の名を書き込む。私は若い頃取材で失敗した経験があるので、酒の名前をしっかり録音して、その特徴を私なりに語り込む。
 若い時代の失敗というのは、テープに「こっちのは、あっちのは」と、その場ではわかるがあとになるとわからなくなってしまうような録音の仕方をして、ひどく困ったことである。だから同じ酒でも、純米は、吟醸は、本醸造は、ここの主人が蔵元から仕入れた特別純米はなど、あとではっきりわかるように「レポート」するのだった。
 こうして二軒でしっかり飲むと酔う。酔いながら、まだ飲んでいない地元の酒の話を店の人にそれとなく聞く。ナントカという酒の評判はだの、この季節、地元の市場に揚がる魚は? だのと話しかけるわけだ。そうして、明日飲みに行く店の候補を追加しておく。
 私たちの酒を飲む態度がよろしいので、スケッチも録音も嫌がられたことはない。
 さて、堪能して二軒目を出るとき、店の人に「皆さんがお店を終えてから飲みに行くバーか、旅できた者にはまず見つけられない静かないいバーを、紹介してくれませんか」と聞くのが基本だった。これが、いい店を教えてくれるんです。たいていの場合、旅の一日目ではまず発見できないような店を教えてくれる。一所懸命飲んだ甲斐があるというもの。領収書と、そうして教えてもらった店の地図を持って店を出る。

 さて、バーにたどりつく。なるほど、いいバーである。しかも、ほとんど口開け。静かで気分がいい。こっちは酔っている。でも、いつものようにモトさんはバーボンを、私はアイリッシュウイスキーを頼む。「初めてなのに」よくここがわかりましたねと、会話が始まる。
 で、先の事情を話す。
 そうすると、その町で酒を飲みに行くにふさわしい店を教えてくれたりする。こうして、次の日の予定も膨らんでいくのである。地元の人たちが一目置いている店、そういう店を教えてもらえるとありがたい。
 酒を沢山飲むわりに、早寝でたっぷり寝るので、次の朝も元気。朝食をしっかり食べて、町を歩き始めるというのがスタイルだった。

 こうした、酒が目的の旅でなくても、夜、旅先で仕事を終えると当然飲みに行く。しかし、なかなか「これ!」という店に行き着かなくて困ることもある。でも、それも旅の時間と心得て、ウロウロと路地から路地を巡るのが習慣になってしまった。
 「こだわらない」「凝りすぎない」店、あまり「モダンではない店」、基本は地元の酒が何種類かある店、そういう店を求めて、今でも、旅を楽しんでいる。
 

 
 




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