ワイン本・1
2002年05月28日(火)
 ワインについて書かれた本、この分野について私はかなりよく読んでいるという自信があります。例によって、話は長い。
 「ヴィノテーク」という月刊誌があります。ワインと食に関した情報誌、一般の人向けに書かれているワインの雑誌として毎月出ているものの中では、老舗であり、ワインを中心にした質の高い情報がつまっていて、おすすめします。
 「Vinotheque」(前のeに、左からのチョン付き)というスペルで、ホームページもあります。

 さて、この雑誌の中に「ワインがおいしくなる本はないか?」というコラムがあって、次々に出版されるワイン本を紹介しています。要するに、読んだら色々な意味でワインがおいしくなる本を見つけよう、という本の紹介欄。
 書き手は、飯塚十二(いいづか じゅうに)という男。
 私はこの男と長いつきあいで、深いつき合いです。飯塚自身は、その雑誌のコーナーを、「本の紹介なんだけどね」というものの、評価の点を付けていて、これが今時珍しく「かなり辛い」。この本に2800円も払うなら、そのお金でワインを飲んだ方がずっといい、などと書くので、著者の中には嫌っている人も多いようだ。
 しかし、そこまで書くだけあって、まぁ、妥当な評価だと私は見ている。なにしろ編集部と読者に信用されているし、多くの読者が納得しているようだから。
 で、飯塚が月々読んだワイン本を私にも読ませてくれるのです。評価の高い本はもちろん、「オレが駄目だというのはこういう本なんだ」と駄目本も貸してくれたり、試しに読んでみなよと押しつけてくる。雑誌で紹介するに値しないと、その本について書くのを止めた本まで貸してくれる。こうして、私もずいぶんワイン本について詳しくなってしまったということなんです。
 飯塚は、「ヴィノテーク」に、埼玉の読書人と書くだけで、他にどういうことをしているのか書いていない。ワイン本だけを読んでいるわけではないことを私は知っていますが、彼のことを書かないという約束になっているので書きません。埼玉県にいて、読書していることと時折ワインを飲んでいることだけははっきりしています。
 本来、彼が書くべきなんですが、毎度ワイン本を読まされているうちに私自身もワイン本について詳しくなったので、そのことを書こうという次第です。
 あの、ワイン本に詳しいのであって、ワインに詳しいのではないことをしっかり心に留めておいて下さい。

 ワイン本は『感激・随筆』本・『ガイド・カタログ』本・『歴史・文化』本と大きく分けることができます。もちろん、これは私が勝手に名付けました。全く別々ではなく、ワインの歴史を語った随筆もあるので、その辺は追々説明していきます。
 まず、一回目は『感激・随筆』本について書きます。

 ワインの『感激・随筆』本
 ワイン本の中でもっとも「駄本」の多いのがこの分野です。駄本か、愚本か迷うところです。
 例えば、フランスでしばらく暮らして帰った女性がこんな風に書き始める。
 …フランスに留学してあちらでワインを日常的に飲むようになって、日本でのワインとフランスでのワインが全然違うものだと気づきました。そんなに高価なものでなくてもおいしく、いつもの食卓で何気なくくつろいで気軽に飲むものなんですね…
 「感激・随筆」本の大半は、こういう語り口。
 そこから読み取るべき内容がほとんどない。
 書き手が気づいていないのは、日本でワインについて書かれた本を読もうとするぐらいの人は、ワインについて大いに興味を持っている人であって、自分が持っている以上の知識、話題を求めている人たちなんだということ。平均すれば、ワインをほとんど飲まないといっていい一般の日本人が、わざわざワインの本を買うわけがないことに気づいていない。
 ワイン本というのは、それについて読もうとする人が非常に限定された、特殊なジャンルなんですよ。
 だから、読み手をはっきり設定して書かなければいけない。それを想定しないで…現地で飲んだらおいしかった、洒落た飲みなのよ、私はフランスでしっかり身につけてきました、あなたもいかが…というだけでは、馬鹿にされてしまう。
 この程度のことをフランスに行くまで気づかなかったのか! となってしまうのです。
 先の例では行った場所をフランスにしましたが、他にドイツ、スペイン、イタリア、スイス、オーストラリア、アメリカ(カリフォルニア)などに行って帰り、同じようなことを書いてしまう人がいる。本当に沢山いて、駄本の山。

 皆さん曰く、「その国では」…ワインは日常的な飲み物で何も特別なイメージはない、日本では高いが現地では安くしかもうまい、料理がどうでワインがどうでなければいけないなんていわれていない、招かれた特別なディナーはこれまで味わったことのないような素晴らしいワインと雰囲気に満ちていた(そして、ワインと料理を簡潔に正確に伝える力量がない人が多い)。
 これね、私に言わせれば…
 ワインが特別な飲み物だと「あんたが勝手に」思っていただけで、私には普通のもんだよ。外国に行くまで「高いワインがうまい」という感覚があって、安くておいしいワインを自分で探し出したことがなかったということをさらけ出しているだけ。料理とワインの関係だって自分で思い込んでいただけで、日常的に飲んでいれば、「でなければならない」なんてことはほとんどないもんですよ、日本で生活していてもね。特別なディナーは、特別なんだから日常を離れた雰囲気も、日頃目にすることのないワインが出てきて当然、それは日本にいてもおんなじじゃないの。
 ということになって、そこから読み取るものがない。本を読んでいて、読み取るものがないほど馬鹿馬鹿しいものはなく、書く側の「猛烈な努力」はわかるが、本の代金が無駄になる。
 飯塚に言わせれば、安易に「読む価値のない」本をお薦めして、駄本に何千円も払う人が出てきたら申しわけないだろ、となる。彼には彼の基準がしっかりあるのだ。おしなべてワイン本が高価であることを考えると、飯塚の意見は正しいと思う。私はそうした本を借りて読めるので、幸運である。
 
 国内でも、芸能人やプロスポーツ上がりの有名人に、ワインに魅入られた人が沢山いて『感激・随筆』本を書く。文章をちゃんと拾っていくと、本人が書いたとは思えない部分が出てくることが多く、ゴーストライターの手になるものだなと想像がつく。それでも、ちゃんと口述し、書き上がった文章をしっかり見ていればまだいい。それをしていなくて、名前で売れればそれでいいといった態度が感じられる。
 「ワインは、ビンの中でもずっと発酵を続けているので…」などと、凄いことを書いて、そのままにしてある。シャンパーニュのビン内二次醗酵ならまだしも、そんなはずがないでしょう。ビン内で発酵なんかしないのは、ワインの知識の初歩の初歩です。普通のワインがビン内で発酵したら爆発しますよ。ビンに入ったワインは、コルクで密閉されて、酸素に触れることがなく還元熟成するばかりです。

 さて、『感激・随筆』本でも、一歩、二歩と踏み込んで、その感激を巧みに書く力を持っているとか、魅入られたワインを深く探求して、ついにシャトーまで造り手を訪ねてそのワインの「歴史や文化的背景」まで探り出して書き込んでくれていると、点数が高くなる。ワイン本の別ジャンルに『歴史・文化』本を設定したが、抱いた興味によって動かされ深くワインの世界に入り込むと、『感激・随筆』本もそっちに入るぐらいのレベルになる。だから探求心と、書く力というか文章力、持続する志の違いによってジャンルを乗り越えてしまう場合がある。
 書き手が、ワインの専門家、あるいは食文化の研究家などで、『感激・随筆』本でありながらそこに出てくる知識や引用例が、ワインをおいしくしてくれる範囲に入っている本もゼロではない。
 昔飲んだときにはわからなかったあるワインの「おいしさ、魅力」を、最近飲んだときにしっかり理解することができた。それは自分自身のワイン体験の積み重ねが必要だったということや、初めて口にしたワインが保存状態の悪いワインだった可能性もある、というようにワイン話もその向こう側を上手に語れば、充分に読む価値がある。
 また、ワインには銘醸地とされる土地があるのだが、それと遙か遠く離れたところ、別の国というぐらい離れた場所で、目を見張るようなワインを造り出して世界に送り出す青年醸造家がいたとする。その人に、なぜその土地を選んだか、葡萄の品種はどういう理由で決めたのか、葡萄を育て始めて何年目からワインを造り始めたのか、どういうワインを造ろうと思っていたのか、「私が」飲んでみてこういう感想を持ったけれど、あなたが造ろうとしていたワインを私は正しく読み取っているだろうか、というような質問しに行って、土壌や雨量、風、気候の特徴、世界から受けた評価をさらに聞いていくような『感激・随筆』本であれば、ワインと、その造り手には面白い話が隠されていると感激してしまう。
 一本のワインを、味わいとそれを飲んだ食卓風景から語り始めるのが『感激・随筆』本で、そのワインの中では何年物がいいというような書き方が『ガイド・カタログ』本になる。そして、『歴史・文化』本の場合は、そのワインメーカーの歴史やその土地の特徴を書き記すことになる。これで大体わかってもらえたでしょう。
 「私の血液はシャトー・マルゴーでできている」だかなんだか言った女優の本も読んだけれど、悲しく恥ずかしかった。ワインの味わい、興味深い飲み物であること、凝れば凝ったで面白く、日常の飲み物にとどめておいてもなかなか魅力的な飲み物であることなどに全然言い及んでいない。そういう風に書けていない。ワインの世界での有名人たちに招かれて(テーブルに侍って)、こんな凄いワインを飲みました、という愚かしいワイン自慢を披露するだけだった。
 まぁ、書き方が違ってもそういう風に「いかに高いワインを飲んだか、いかに古いワインを飲んだか、いかに自分はワインを知っているか」こんなことを書くだけになってしまうことの多い『感激・随筆』本、駄本が多い理由もおわかりいただけるというもの。
その分、光る本は「絶対」読んでおいた方がいいと断言できる本がある分野です。




(C)コダーマン 無断転載はお断り。仕事のご注文、承ります。
 引用、転載、出版については、メールでご連絡ください。

TOPへ