日本水切り協会
2002年06月10日(月)
 「日本水切り協会」は、確かにあります。
 水面に石を投げて、ピョンピョンと跳ばすあの「水切り」の協会です。
 2002年時点で、会長は小沢忠恭で、副会長が八木洋行、と私です。
 2000年に、私が雑誌『Be Pal』の取材を受けて、「日本水切り協会」が少し世の中に知られるようになってしまいました。しかし、この会は、世の動きとは別のところで、もう、25、26年ぐらい続いている会です。
 基本は、水面があってそのほとりに立ったら、足元の石を拾って水面に投げる、という単純なことを会則にした集まりです。

 日本水切り協会は、その会員が訪れた先々の土地で、広い水面を発見した際必ず「水切りを」をすることを基本的な目的として作られた協会であります。
 水際に立った時、眼の前にある水の源に思いを馳せ、一個の石から地球の起源をも想像するというように、自然と宇宙がひとつの石に凝縮されていると実感できる、崇高な精神の持ち主のみ入会が許されています。
 形を定めない水の上を、一個の石が、一人の人の力によって跳んで行く光景には何か「神々しい」ものさえ感じないではいられません。

 …これが、会則です。神々しいものを感じてしまう会則ですね。少し変ですが。

 ただ現在は、そこから少し発展して、例えば目の前の川をよく観察したり、足元の石を少し調べてみたり、水切りができる風景を眺め回したりするようという、気持ちの上の進歩はあります。

 昨今、川の岸に立って水面に石を投げて遊ぶことのできる川が減ってきました。
 上流にダムができ、護岸工事された川は、多く、川ではなく水路です。また、大きな川で岸辺に立つことができて、浅瀬に沈んでいる石の表面を見ると、うっすらと粘土のような泥が乗っていることが多くなりました。山が荒れていて土が流れてきているか、上流のどこかで工事しているかということが考えられます。あるいは、ダムで水を止めて、チョロチョロしか流れない状態が長く続いているとも読めます。
 川というのは、時々暴れて、石が動き、汚れが海に運ばれていかないと徐々に生気を失ってしまうものだそうです。これは、四万十川流域の人々に教わりました。ここでいう汚れは「化学的汚れ」ではなく、淀みに集まった小石や泥などをいいます。石が動かないと駄目だというのは、すばらしいことだと思います。石が動いて、表面の汚れが落ちて新しい苔が生える。それを魚が食べるというような循環がある。もちろん水中では魚たちの縄張り争いが繰り返されている。そうして川が生きているわけですね。
 また、川には「瀬と淀み」、流れが速くて泡立っているような場所と、静かに流れて淀むところがないといけないそうです。好気性・嫌気性(空気を好む、好まない)のバクテリアなどが川の汚れを浄化してくれますが、ただ一様に流れているとこれがないわけです。それも四万十川で教わりました。
 先の川の暴れも、流域に大被害を及ぼすような「暴れ方」を望んでいるのではなく、自然にある大雨や、台風というのは川を川として活かすために必要だという意味です。
 水路でいいのだ、ダムで調節すればいいのだ、というのは川が生きているかどうかを問わない考え方ではあります。水量を調節する側が、川が生きているということはどういうことかを知っていて、管理できればまだしも、流れているべき川が乾いてはおしまいです。

 さて、とにかく川岸に立って、底の石を見る、水のにごり方を見る。時には水面上を飛ぶ昆虫を眺め、季節であればツバメの姿を目にする。釣り人も遠くにいる。向こうには橋もあり鉄橋もある。
 石を拾えば、詳しい人なら、上流の山が火山系の山なのか、褶曲山脈なのかを石から読みとることもできます。水に濡れているときれいなのに、乾くとたいした魅力のない石があり、今はもう水が届いてない場所で乾いた石がなかなか味わいのあるものだったりということもあります。
 そう、石を水面に投げる前に、川の岸で遊ぶこともできます。
 スポーツや競技としての「水切り」ではなく、私たちのは民俗学的、文化人類学的に面白がる方が主体の水切り協会です。副会長の八木は、昭和44年頃、1960年代終盤にはもう「民俗写真家」を名乗っていた民俗学の人です。今も、静岡県の安倍川を中心にフィールドワークをしている人物で、教わることの多い人です。会長の小沢は、カメラマンで非常に頭の鋭い人物。この人も、ほとんど知らないことのない、凄い人です。

 世界には、スポーツとして水切りをしている人々もいて、アメリカ・ミシガン湖で行われる水切り大会では、直径と重さを決めて作った「素焼きの円盤」で競技するようです。ちなみに、英語で水切りを「ducks and drakes」といいます、アヒルの雄雌ですね。

 さて、川で水切りをする場合は、流れと利き腕の関係が面白い。
 川に向かって立ったとき、水が右から左に流れている状態、右手方向が上流としましょう。
 水切りは、投げ出された石が回転(時計回転)しながら水面を跳ねていきます。止まった水であれば、右利きの人が投げると必ず右方向に緩やかな弧を描いて進んでいきます。石が右回転しているのでそういうことになります。
 ということで、右手を上流にして、立っている場所から流れに直角に石を投げると、流れの力と石の力が拮抗して、真っ直ぐ跳んでいきます。流れが強ければ、当然押されます。緩やかな流れに向かって投げると、大きく曲がって、石は上流に向かおうとします。
 石は曲がって上流へ、しかし、水は押してくる。
 こうして流れに抵抗して石が跳んでいるときには、沢山弾むことになります。水切りの数を出そうと思ったら、こういう方法があります。
 初めから上流に向かって投げると、さすがに水の抵抗力が大きく、腕の力を与えた石もすぐに力を失います。
 また、今度は反対に、下流に向かって、流れに乗せるように投げると、石の力に流れの力が加わって、一回一回の跳躍の幅が大きくなります。石は、面白いほど下流方向に大きく弾んでいきますが、その大きなジャンプの間に推進力を失うことになって、跳躍そのものは大きくても回数は弾まない。これも、弾む回数を競うには不向きです。

 流れと投げる方向のあとでなんですが、水切り用の石は、基本的に現場の石を使います。
 そうすると、山の湖などでは石が摩滅していなくて、ゴツゴツと実に投げにくく、水切りには向いていないことがわかります。これは川の上流でも同じ。川の上流は、石も投げにくいが、川幅が狭くて水切りには向いていません。

 基本的に、現場の石を使うといっておきながら変ですが、旅に出る場合、2個か3個、別の場所で拾った、自分の手にしっくり来る石をがバッグに入れて持っていきます。
 十勝川の水辺で拾った石を持って球磨川で水切りをする、こういうことが楽しい。これはもう私の面白がりの一つですが、その報告をしながら酒を飲むのがなかなか楽しい。もちろん十勝川では十勝川の石で水切りをするのですが、そこに一つだけ球磨川の石が沈んでいる、というのも面白いでしょ。
 自分の手の中に入るぐらいの小石を二、三個持って帰るのは荷物でもないし、また、金属検査でも引っかからない。持って帰って、仕事机の上にしばらく置いて、旅に出るときにひょいとバッグに入れてしまう。そういうことを楽しんでいます。
 現会長の小沢は、「死海」で水切りをしてきました。副会長の八木は、若い頃ミシシッピー川でやったことがあったはずです。私は、山梨の笛吹川で拾った石を持ってフランス・ボルドーに行き、有名なシャトー・ラツールの下を流れるジロンド河で水切りをしました。石を持っていった、のではなく、取材の旅に行かされたときに石を忘れなかった、これが正しいのですけれどね。
 水面があって石があれば、と考えると、いつかお金持ちの家のプールなんかで水切りをしてみたい気もします。

 水切り協会は、会員に課せられた義務はありません。上に書いたように、水辺に立って石を手に取るだけで面白いという、それがわかる人には開かれた協会です。
 様々な水面で水切りをした体験を教えてください。時おり、ここに書きましょう。




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