東西南僕 04 イラストマップ
2002年06月20日(木)
 イラストマップを捨てろ!

 旅先の「馬鹿野郎!」の一つに、イラストマップというものがある。
 どうして、金をかけてこうまで役に立たないものを作るのだろうか? と思う。とにかく、あまりにも役に立たないので、腹を立てっぱなし。日本中の市町村の観光課、あるいは商店会などで作られているイラストマップを全て廃棄して欲しいぐらいに思っている、これから作るつもりのところには「やめた方がいい」と忠告する。
 なにしろイラストマップは、大人の旅人がその土地を旅するのに役に立たない。このことだけでもはっきり言っておかなければいけない。

 イラストマップは、まず縮尺が正確でない。イラストマップなんだから当然だとは言わないで欲しい。旅する者、初めてその土地を歩く者にとって、ある場所からある場所までの距離の見当がちゃんとつけられるかどうかはとても重要な問題である。イラストマップは基本的にこれが満たされていないのだから、もう地図として駄目でしょうに(イラストレーションという言葉には、図解、実例というような意味は含んでいるが、絵で説明するんだから大雑把でいい、という意味はないはずである)。
 縮尺が正確でない上に、地元として観光客に見て行って欲しい物だけが異常に大きく描かれ、観光の対象として重要でないと思っている物はひどくぞんざいな扱いを受ける。
 道路も、実際には広い国道が通っていてもそこに見る物がないと細く描かれ、細い小路でも昔の佇いを見て行って欲しいとなると幅広く描かれてる。これで道に迷ってしまう。初めての町というのは、東西南北の見当でさえつきにくいのだから、しっかり把握できる地図でないと役に立たないのだ。
 その上、「たいていの場合」ということにしておくけれど、イラストレーターの主観が入り過ぎている。その人が面白いと思ったらしいものがこれまた異常に大きく扱われる。古い小さな道祖神なんかでも、イラストマップの上ではものすごい扱いを受けていたりする。近くにある寺より道祖神が大きいなど当り前である。
 そこで、その辺に行けばすぐに目につくんだな、と判断してそこに向かうと、まず地図の縮尺がなっていないのでたどり着くのが大変な上に、道祖神の位置が明確でないからまるで見つからないということになる。道祖神の絵の陰に、別れ道が隠れてしまうというようなこともこの種の地図の欠点である。
 そして、イラストレーターの書き込んだ文字が汚くてわかりにくいことも非常に多い。その地図を使って町を歩く人の利便性を思い遣らずに、自分の「作品にしてしまう」ので、実用的ではない。当然、一番いい季節を基準にして描くので、別の季節にそこへ行っても、イラストマップに描かれている物がなかったりもする。
 根本的な問題として、地元にその人しかいないのかどうかわからないけれど、イラストマップはおしなべてイラストレーションが下手である。

 行政の、たぶん観光課の担当者と相談の上で描くのだろうけれど、観光課の人もイラストレーターも…
 町を全く知らない人がその地図を利用して歩く時に、便利にできているのか、わかりやすいか
 …ということを真剣に考えてはいない、と思う。そうとしか思えない。お寺が沢山並んでいる一画なども、重要な仏像があるお寺さんだけをていねいに描き込み、他はただ寺とわかればいいようにしか描いていない。

 旅というのは、そういうもんじゃない。
 面白いもの、興味を引くものをそれぞれの人が探し探し歩くのが旅で、町の観光課推薦の場所をただ移動して歩くのが旅ではないでしょうに。確かにその町が見せたいものも見るけれど、何を面白いと思うかは、旅人の勝手なんだもの。旅人がぶらぶら歩きする自由をもっと認めなければいけない。
 くり返すけれど、そのイラストマップだけで街・町・村を充分に歩き回れるようなものは、非常に少ない。それに行政らしいと言えばらしいのだが、一度書いて印刷するとそれを長期間使い過ぎる。
 観光課の人がイラストマップをこちらに渡す時に、地図上のある点を指しながら「ええと、これとこれは、もうありませんから」などと言うことの何と多いことか! これもイラストマップだからのことで、普通の地図であれば短時間でなくなるような物は初めから描き込まれていないのである。

 私は、初めての「街」に出かける時には、昭文社の都市地図というのをいつも使うことにしている。表が普通の地図で裏が白地図になっている。その、裏の白地図に自分の取材先や面白い発見を鉛筆で書き込む。言うまでもなく縮尺が正確だし、どの街でも大体は縮尺は同じで、いつも使っていると自分の歩く速度との関係から駅から港まで、駅から宿までは歩いてどれぐらいか、ということがわかるようになる。街の中心部の拡大地図もあって使い勝手が非常にいい。
 旅に出る前に下調べして、この辺に飲み屋が集中しているな、というような見当もつけておく。初めての街に行く前に、街を歩き回るシミュレーションをするのも楽しい。泊まるホテルを選ぶ時に、取材場所と繁華街との両方に都合のいいホテルを選ぶのも常識である。まぁ、私の泊まるのは、ビジネスホテル限定だけれどね。
 自分で楽しむ旅のためには、イラストマップだけは避けるべきでしょう。独立した個人(一人前の大人、という意味です)として自分を意識できる旅人なら、イラストマップを頼るとは思えないが。日本の旅人を見ていると、自分の地図を持って町を歩き回る人が少ない。一方では、有名な店が紹介されているガイドブックで店を探しながら歩く人々が「異常に」多くなった。

 私の旅は仕事の旅が多いので、下調べのために書店で売られている「旅する女性達」用に編集されたガイド雑誌を買ってみたり、その別冊を見て調べることも多いが、価格のわりには情報が不足している。各々地元のタウン誌などと契約してそこからの情報でまとめていることも多い。私は、その地元のタウン誌の編集部にも数多く行ったが、東京の大手出版社が求める情報は、大体パターン化している。ひたすら「旅する女性達」に金を使わせようという発想が元にあるようだ。
 そういう場合に困るのは「ケーキのおいしい店!」などと、私の旅には全く役に立たない情報が満載してあったりすることだ。こういうのは、沢山ケーキを食べ歩いた人が(全国レベルで見て)ここのケーキがおいしいと認めたのではなく、この街ではここしか作りたてのケーキを食べる店がないというような意味だったりする。もちろん、そういうガイドマップは、私のような者を読者に設定していなのだろうから文句を言うのが筋違いである。それはわかっている。
 それと、たぶん東京に対する「競争」意識なんだろうが、東京から来た人達に「地元の人が」恥かしくないような店ばかりが掲載されているのだ。東京から来た人達に対して恥かしくない、という基準が店の中身の良さとは関係なく、内装が東京風だとか、単にきれいだとか、新しいとか、入りやすいとか、これまでに何度も雑誌に紹介されているとか、店主がしょっちゅう東京に出かけて東京風をいち早く取り入れているとか、考えてみれば妙な基準である。
 私は「埼玉」から旅に行ってみて、そういう店を外から眺めてがっかりする。
 大体、東京から行く旅人の大半が、地方から東京に出ている人なんだからね。
 もともと東京以外の街に、東京風を求めていくということは基本的におかしいもの。その町らしさ、その土地の文化を面白がりに行くんでしょ、旅は。

 先に「ケーキのおいしいお店」のことを書いたが、酒を飲む男向けの良質のガイドブック、ガイドマップというものが存在しない。旅先で、振りで入れる「良質の小料理屋」が載ったガイドがない。
 飲み屋街のガイドマップを地元の商工組合で編集した印刷物は全国各地にあるが「○○(地名が入る)の夜をリードする」などと、古色蒼然たるキャッチフレーズで、店の女性たちを並べた写真があって、全部の店がその土地の気分を満喫できる素晴しい店になっている。ンナわけがないだろう! どうしてその地の気分を満喫するためにロシアンパブに行かなければいけないのか?
 酒呑みは好みがうるさいし、思い込みが勝手過ぎるから難しいとは思うけれど、料亭と一杯飲み屋を除いた、地元の酒と肴を楽しめる気持ちのいい飲み屋の本があればぜひ欲しい。
 各地のガイド本に「地酒が楽しめる店」などという紹介はあるのだけれど、明らかに「広告記事」「ヨイショ取材」で、実際行ってみて、ここは! という店はほとんど無い。地元の酒造組合と飲食店の組合が相談すれば、地酒とその土地の季節の料理が食べられる店のガイドブックなんかすぐにできると思うんだが。いや、いい店は載せてもいいが、レベルの低い店を省くことができないからやっかいだとは想像がつく。
 「活きのいい魚と吟味した地酒、親爺の頑固さがいい」などというくだらないにも程があるお決まりの紹介文。
 これが「くだらないにも程がある」ものだとわからない人のために書くが、活きのいい魚は当り前である、日本中、すぐそこが海なんだから。そんなことは自慢にならず当然のことで売り文句にはならない。でしょ?
 また、親爺の頑固さは、ある場合には客には迷惑なだけである。
 また、吟味した地酒、こういう紹介をしている店で「当り!」の店に入ったことがあるかどうか、周りにいる呑み介に聞いてみて欲しい。
 店の親爺が地酒を本当に吟味して置いているという例は(実は)あきれるほど少ないのだ。全国的に有名になってしまった「他の土地の大吟醸」を揃えて自慢している親爺のなんと多いことか! 悪いけれど、そういう店に入ってしまった場合は、最近はすぐに出てしまうことにしている。「どうです、うちの大吟醸旨いでしょ?」なんてことを言う人に何度文句をいったことか。この酒、あなたが造ったの? という言葉を飲み込むのに一苦労である。おっと、話が横道に。

 と言いながら、実は、いい飲み屋のガイドブックは作ってはいけないと思っている。いい飲み屋を探すことそのこと自体も旅の面白さに含まれるから。

 旅は自分で歩くしかない。
 役場・役所を訪ねて、その行政区域の地図を買うと便利だと教えてくれたのは、イラストレーターで作家の本山賢司さんである。
 どこに行っても、その役所が管轄している行政区域の地図が、当然、ある。それを役所で買う。歩き回るにはこれが案外いい。それでなければ、国土地理院の二万五千分の一の地図を買って行くかである。都市部であれば先に書いた昭文社の地図が便利で、前にも書いたが、繁華している区域の拡大地図は現場で実際にとても役立つ。そういう、縮尺の確かな、地図として確かな情報を与えてくれる物の方が便利なのだから、イラストマップが不要だと言うのもわかってもらえると思う。
 そして、取材の仕事から帰ってその町の地図をわかりやすく描いて本に載せようとイラストマップを参考にして見る時、実に役に立たないことも書いておこう。結局きちんとした地図と、自分が歩き回った時にメモを書き込んだ白地図しか頼りにできない。
 若い人が多く旅するからといって、地図までが旅人を子供扱いしない方がいい、と強調しておく。

 おまけ。
 日本の多くの地方都市は、江戸時代の城下町から発展しているのが基本。昔の城の跡は多く公園になっているが、昔の町名が残っているあたりが古い町並みである。古くからその町の人に親しまれてきた飲み屋は、そうした昔の町名が残っているあたりか、昔の色町のあった場所にある。
 市役所、県庁、警察署、消防署、放送局などのあるその土地の「官庁街」周辺には、新しい時代の飲み屋がある。大体、これは高いのが基本。土地代、家賃がかかっている。
 私は、昔の色町辺りを散策して、すすけた赤提灯などに目をつけるのを常としている。魚町、茶町、鉄砲町といった昔からの町名を残しているとうれしい。そうした界隈の外れに、日中人が少ない一画があったりして、夜になると提灯が目立つのである。そういうことに、目と鼻が利くようになると、旅が自分のものになる。
 




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