東西南僕 23 宣伝の巻
2005年09月23日(金)
 ここの「東西南僕」が一部、本になります。
 本にしてくれる出版社は、札幌にある「柏艪舎・はくろしゃ」です。
 ここに載せていない話もいくつかありますが、半分ほどは雑貨屋で扱った話。それでも紙の本にするについては、加筆したり、文章を直したり、言葉を統一したりいろいろやりました。
 本にすることになれば、一冊の中の漢字の使い方を統一するぐらいはしなければならないのだけれど、まぁ、私はまったく好き勝手に書いてしまったもので、「いくと行く」「来るとくる」「柔らかい,軟らかい/堅い・固い・硬い」「いうと言う」、その他細かい不統一が沢山あって、編集者にどれかに決めるように言われてしまった。若い時代は「僕」と書いていたが、最近ではどうしても「私」と書いてしまう。これも不統一である。
 とはいえ、ですよ。
 どの文章も、自由に書いていい分好きな文字をあてはめたし、また周辺の漢字との兼ね合いなどで、あっちを選んだりこっちを書いたりということがある。私の好きな漢字という選択もある。文章の流れからして、ここは漢字だよ、という箇所があるかと思えば、周りに漢字が多いからここは平仮名にという場合もある。どの文章読本を読んでも、きっと失格の文章だとは思う。悪い書き方の見本だろう。
 しかし、私は文章読本的ではない文章を目指してきたので、個人的には「それでいいのだ」なのです。ワープロが登場したとき、それまで自分で漢字で書いていた文字は漢字で、そうでない文字はいくら簡単に変換できても漢字にしないという基本を決めた。物書き業を選んだ手前、できるだけ漢字で書く文字は漢字で、と思って漢字を覚えてきた。とはいえ、魑魅魍魎は書けなくていいと思っていたので、覚えなかった。普通の文章にまず出てこないので必要ない。薔薇と憂鬱は書けるようにしていた。しかし、躑躅と躊躇はあやふや。そういう風に、漢字の使い方は非常に個人的な、いい加減な立場で使っている。
 しかし、出版社は許しませんよ。
 ということで、本になった「東西南僕」はスルスルした文章になっています。
 例えば、私の感覚では「本になる、と言った」なのだが、一般的には「本になると、言った」としている。言ったのは「本になる」という部分なので「本になる、と言った」でいいと思うのだけれど、読点の位置について疑問を出されたりもした。正しい日本語の書き表し方があって、それから見ればはずれていても、物書きが自分の仕事として「ここはこの文字、ここはこれでいい」と選んだままにしておいて欲しいと思うことが多々ある。しかし、そうはいかない。
 巨匠になれば「そのままにしておいて」で通るのかも知れない。

 うれしいのは、安西水丸さんに表紙のイラストレーションを描いてもらえたこと。
 永く親しくしてもらっているとは言え、巨匠ですからね、水丸さんは。青山の雪舟とも呼ばれる大人(たいじん)です。
 本の編集部に、表紙の絵を描いてもらえそうな人の名前を送ったところ、満場一致、女性軍全員、水丸さん! だったようです。何人女性がいるか知らないのですが。私は、水丸さんの知り合いとして、点数が上がったようでした。
 風貌と、生き方のスタイルと、イラストレーションで、水丸さんは本当に人気がある。
 私としては、またお世話になってしまった、ではある。

 自分が書いた文章を出版社の人が読んでくれて、本にしましょうといってもらえるのは、物書き商売としては、こんなうれしいことはない。生涯、一冊でもまとまった本が出せたらいいなぁと思っていた身としては、ニタニタしてしまうほどうれしい。

 札幌の柏艪舎。この出版社から出たノンフィクションがとても良かったので、私が毎月書いているノンフィクション紹介コラムにその本のことを書いた。重いテーマだったけれど、非常に優れた本だった。こういう本を見つけて翻訳しているのは素晴らしいと思っていたら、先方から連絡が来た。そこで縁ができた。
 外国で、地味だけれど、とてもいい本が出たとする。地味なので訳してもそう多く売れないと見ると、翻訳しないのが普通。でも「この本は優れた本だと判断して訳してくれること」で、いい本が日本人の目に触れる機会が増える。大変なことだろうが、そういう出版社がないと困る。まぁ、こっちもいい読者でいなければいけないのではあるけれど。せいぜい気持の上で応援するしかない。そういうところから本が出せるのは、大きな喜び。

 柏艪舎の社長が、山本光伸という名前の人だと知った。
 この山本光伸という名前を見たときに「あれ、この人ラドラムの人じゃないか?」と思ったのだ。
 ええ、説明します。
 ロバート・ラドラムというアメリカのミステリ作家がいて、角川文庫や新潮文庫で翻訳が出ている。初期の翻訳作品をよく読んだ。これが面白かった。分厚い上下巻で、ラドラムは体力がないと読めないという感じがあった。上巻の内容が、事件の背景や複雑な人物関係の配置で、下巻になるとその全体がググッと大きな動きを見せる、そういう小説が多く、いかに上巻の「説明的な部分」に耐えるかという気力も必要だった。そういうことで翻訳者の名前も覚えていた。それが山本光伸なのだった。
 翻訳ミステリファンの間では、「この人」が訳しているのは面白い本・いい本なんだよ、という見方があって、出版社が力を入れている本にはいい翻訳者を充てるという風に思っている。たぶん、一部は正しいと思う。そういうことで、原作者が別でも山本光伸が訳しているとその本は面白いんじゃないかと思って買ったりしていた。ほぼ当たっていた。
 その人が、柏艪舎の社長なのだとわかった。その時から、会ったことはないにしても「山本光伸さん」となる。
 お会いしたことはないが、というべきだな。
 自分で見つけた翻訳する価値のある本をいい訳で出していきたいというような意志で、出版社を興したんだろう。そう思っている。
 そういう海外の優れた本からすると、私の本は軽い。軽い内容を目指したので軽いのはいいけれど、なんというかもう少し学術の薫り高い本に書ければよかったが、所詮私では無理。「東西南僕」という、駄洒落で喜んでいるような奴だから。

 私は「東西南僕」だが、本の中に「段取り名人」という人物が出てくる。この人はまたの名を、健脚商売(オーイ、池波正太郎さんの、剣客商売の駄洒落だよぉ。本家の「剣客」は、けんかくと読むのだけれど)ともいう。
 プロカメラマンとしての腕が抜群。どんな状況でも、必要とされているものをしっかり写してくれるし、写真家の目から見て、これも写しておいた方があとで役に立つだろうというものもしっかり撮影しておいてくれる。
 そういうことのために、取材に出かける前に現場のことを調べられる限り調べて、何が必要か、あるいはどういうことが起こりうるかと思いを巡らして準備してくる。といって、巨大な機材を持って来るわけではなく、コンパクトな荷物で見事に仕事をする。「物がないと写らない」が口癖で、だから非常にまめに現場に足を運ぶ。話題にする対象の周辺もよく歩き、こまごまと撮影する。ゆえに段取り名人であり、健脚商売でもある。
 予算縮小のおり、私とは二人旅も多く、たまたま二人とも運転免許を持っていないこともあって、歩くか? お・歩こう、ということになって5キロぐらいはすぐに歩いていってしまう。都市部を離れた取材の場合は地元のバスの時刻表がスカスカなので、朝のバスで行って、降りてからは歩いて撮影場所に行き、午後のバスに間に合うように歩いて戻るなども常なること。タクシーを利用すると金がかかってしょうがない。そういう予算のない仕事が増えた。
 もう一人出てくるのは雨男である。長年の友人。どの業界にもいるようだが、この人が来ると雨が降る、という雨男だ。畏友モトさん(イラストレーター・作家の本山賢司さん)は、かなり強い晴男なのだが、この雨男にかなわない。
 モトさんと雨男が富山に取材に出かけた。
 先発していたモトさんが、飛行場に雨男を迎えに行くと、雨男が乗っている飛行機とともに雨雲が降りてきて、雨男が富山に降り立ったあとザンザン降りになった話は伝説になっている。雲を連れてくるというのは、雨男としての神通力が「上」の部類でしょう。
 私も被害者の一人で、初夏の瀬戸内の取材に4日の日程で出かけたが、3日目の午後まで雨。傘を差して立っていると、膝のあたりまで濡れてしまうような雨が降ったり、小糠雨で海がまったく見えなかったりで、カメラマンが泣いた。これだけではなく別の機会に、四国でも九州でも降らせてくれた。四国では初夏に「雪」を降らせたので、丸一日撮影できずじまいであった
 晴男が3人ぐらいで、この雨男と一緒に出かけても降らしてしまうぐらいの「強力な雨男」。
 雨男とは別組だったが、北海道で仕事をしていことがある。双方3泊4日。雨男が1日先に北海道に行っていて、私はそのあと十勝に着いた。雨。一緒のカメラマンと「雨男が北海道にいるからね」とつぶやきあった。取材で人に会ったり、屋内の写真(料理や工芸品)などを撮っているうちは何とかなるが、屋外の写真が撮れない。最悪の場合は、地元の観光課から写真を借りることになってしまう。しかし、こちらもちゃんと目的があるのでそれにかなった写真を独自に撮りたい。グズグズと降り続く。そして、私たちの3日目の午後、十勝上空の雲が切れて陽射しが降ってきた。ちょうどその時刻、雨男の飛行機が東京に向かって飛び立っていた。
 伝説の男、雨男。
 こうした話は、本には入れていない。少し登場するだけである。でも、そういう「話に満ちた」相棒と旅に出るのはたまらなく面白い。次回、旅本を書く機会があったら、雨男や段取り名人について多くの文章を書こうと思っている。
 『東西南僕』が売れて、2冊目を書くことを夢見ている。このタイトルを使い続けたい。2冊目が出るなら、少しだけ「旅の周辺」も書けるような気がする。そのためにも、1冊目を営業しなければいけないと思っているところ。




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